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New Kitaraホールカルテットを応援する

1997年、PMFを機に建てられた札幌コンサートホールKitaraは、日本有数のコンサートホールで、ここの優れた音響、充実した設備と環境、美しいデザインは札幌っ子が世界に誇るものだ。

加えて強調したいのが、Kitaraはハード面だけではなくソフト面も優れていること。Kitaraは、これまで野心的な企画コンサートを数多く開催しており、私も随分と恩恵に与ってきた。特に記憶に残るのは2003年の「チェコ芸術週間」で、これは当会会員でもあるピアニストの萱原祐子さんがコーディネートし、私の大好きなプラジャークSQが連続公演を行った。Kitaraは室内楽、とりわけ弦楽四重奏に力を入れていて、プラジャークSQばかりでなく、ヤナーチェクSQ、コチアンSQ、バルトークSQ、アルテミスSQ等の実力ある団体を招き、特に最晩年のベルリンスキーが仕切っていたボロディンSQを聴けたことは私の一生の宝となっている。近年、Kitaraにしばしば登場しているはベルギーのダネルSQで、我が国での知名度は今ひとつだが、これがまた癖者揃いのめっぽう巧い団体だ。市の職員に音楽通のキーマンがいて、その方が企画していると聞いたが、目が利くというか耳が利くというのか感心してしまう。

そのKitaraには名前を冠したレジデントカルテットがある。初代はVn:矢部達哉、川田知子 Va:安藤裕子 Vc:金木博幸という強力メンバーで好評を博していたが、こちらは昨年解消し、このたび2代目のカルテットが札響トップメンバーにより結成された。このカルテットのデビューコンサートが来週月曜日にある。

◆New Kitara ホールカルテット デビューコンサート

1.日時:2010年6月21日(月)開場18:30 開演19:00
2.場所:札幌コンサートホールKitara小ホール

3.演奏者:Kitaraホールカルテット
 ヴァイオリン 三上亮
 ヴァイオリン 伊藤亮太郎
 ヴィオラ 廣狩亮
 チェロ 石川祐支

4.演目:
 モーツァルト/弦楽四重奏曲第14番ト長調K.387(「ハイドン四重奏曲」第1番)
 ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第1番ハ長調作品49
 チャイコフスキー/弦楽四重奏曲第1番ニ長調作品11

一般3500円 学生1000円 全席指定

お問い合わせ
札幌コンサートホール011-520-2000
チラシはこちら


この人選を聞き、さすがKitaraは分かっているなぁと改めて感心した次第。近頃の札響の好調はここでも何度も書いているが、そのキーマンがコンマスの三上、伊藤、そして首席の廣狩、石川だ。私は勝手に札響弦の四天王と呼んでいるのだが、その4人を集めるのだから心憎い。この四人は皆それぞれに魅力的な音色と音楽性を備えている奏者で、例えば伊藤は2006年にエリシュカが札響に初登場した折に「シェラザード」で見事なソロを弾いたことが記憶に新しいし、昨年の札響の定期、R・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」における廣狩、石川の妙技には舌を巻いた。特に石川は、チェロよりもエレキギターを抱えていた方が似合うハードな風貌なのだが、この人の音楽は音色といい歌い口といい日本人離れしたヒストリカルな雰囲気があって痺れる。

デビューコンサートの演目は、新たなカルテットの門出にふさわしく、皆、フレッシュな名曲ばかりで、彼らがどんなアンサンブルを聴かせるか大いに注目される。

近年、公共のホールが経費節減のためソフト面を切り捨てられ、せっかく良い企画を続けていても運営を単なる施設管理業者にアウトソーシングされて寂れていくという例をいくつか聞く。新生Kitaraホールカルテットが、Kitaraの新たなキラーアプリとして成長し末永く活躍することを心から願う。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

クリストファー・ウォレン=グリーンの「春の祭典」

例年になく寒い春だ。桜も梅も開花はGW明けになるだろう。今年はどこに出るでもない巣篭もりの休日だが、昨日は陽気に誘われてKitaraへと足を運んでみた。

●きがるにオーケストラ~大作曲家の世界
日時:2010年5月 3日 14:00~
会場:札幌コンサートホールKitara大ホール

演奏:
クリストファー・ウォレン=グリーン指揮 札幌交響楽団
ピアノとお話:中川賢一

曲目:ブリテン/青少年のための管弦楽入門
ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」

これはファミリー向けに行っているKitara主催の企画コンサート。難曲「春祭」を「きがるに」というのも凄いプログラムでオケは大変だろう。とりあえず「春祭」さえ聴ければと呑気にかまえて出かけたのだが、これが随分充実した内容で驚いた。

指揮者のクリストファー・ウォレン=グリーン(Christopher Warren-Green)について予備知識は全く無かったが、相当に経験豊かで実力のある指揮者だ。素人目に観ても明確なタクトはツボを心得えていて、指揮ぶりを眺めているだけでも面白かった。

演奏前には中川賢一氏によるピアノを弾きながらのトークがあり、これが楽しく充実したものだった。「春の祭典」は、はじめて聴くには難しい曲だから親切な配慮といえるだろう。中川氏が平易な言葉で繰り返していたのが「色を混ぜる」ということ。「この和音は単純できれい。例えばこれがアカ、こちらはアオ。これらを混ぜると、ほらムラサキですね」という具合。音楽を頭で理解しようとするのではなく、素直に感じながら色々発見してみようという説明は良いものだった。

今回、ウォレン=グリーンの指揮では、まさにパレットの色彩を混合させながら変化させていく楽しさが感じられた。この曲を以前、日本人指揮者で聴いた時には、土俗性を強調するためか伊福部風にリズムを揉むところがあり、少々もっさりした感があったのだが、今回はエッジがすっきり浮き出ていて、それにより各声部がぶつかり散っていく際の響きの妙が面白かった。このような見通しが良いアンサンブルで聴くと、ロシア的な民族性とフランス風の洗練の両方が感じられ、これこそがストラヴィンスキーの醍醐味なのだろう。

ウォレン=グリーンは元々ヴァイオリニストで、長年フィルハーモニア管のコンマスを務め、指揮者としては1988年からロンドン室内管弦楽団(LCO)の音楽監督が中心で録音も多い
http://en.wikipedia.org/wiki/Christopher_Warren-Green

コンマス出身の指揮者というと、日本のオケにもしばしば客演し尊敬を集めているゲルハルト・ボッセを思い出すが、ウォレン=グリーンもオケ奏者に好評だったようで、札響首席フルート奏者の森氏も絶賛している。1955年生まれだから、まだ55歳。この名前は覚えておきたいし、定期演奏会への登場も期待したい。

客入りは6割程度で子供が多かった。身を乗り出して聴く子、やかましいとばかりに耳を塞ぐ子、寝ている子など反応が様々で面白い。ファミリー向けの企画だが下手に子供受けを狙った曲ではなく、こういう傑作をガツンと聴かせる方が、よほど教育的だろう。マナーも案外悪くない。質が悪いのはむしろオヤジ層なのだろう。前回4月の定期では、終演直後、「ブラボー」という言葉にさえならない奇声の炸裂にギクリとした。いい歳をして、ああいうのは本当に勘弁して欲しいものだ。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

ジ・アート・オブ・アルド・チッコリーニを聴く

日帰りで上京し、アルド・チッコリーニのリサイタルを聴いてきた。
私がチッコリーニの実演に接するのは2003年2005年に続いて3回目、5年ぶりの再会である。

●ジ・アート・オブ・アルド・チッコリーニ
◎第1夜:リサイタル
 ・日時:2010年03月14日(日) 開演:15:00 =リサイタル
 ・会場:すみだトリフォニーホール
 ・曲目:シューベルト/ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調D.960
     ムソルグスキー/組曲≪展覧会の絵≫
(アンコール)
 エルガー:愛のあいさつ
 スカルラッティ:ソナタホ長調
 ファリャ:火祭りの踊り
  ※使用楽器:スタインウェイ


嬉しいことに、マエストロは健在だった。以前、私はチッコリーニついて「老いて深まりこそすれ枯れない巨匠」と書いたが、今回のリサイタルでも、マエストロが加齢というハンディの中、老舗の料理人が頑固に味を守るように、自身の持ち味を十分な水準に保ちつつ(彼の芸風からいえばそれだけで超人的なことだ!)、それを一層深めていることに改めて畏敬の念を覚えた。

5年前と比べて、外見にそれほど変化はなく、足取りはむしろしっかりしていた。ただ、技術的な衰えはごく僅かだがみられ、今回、使用ピアノがファツィオリではなくスタインウェイだったこともあり、音色の華やかさ(特に以前「一種の空気を醸し出すような」と評した響き)は前回より抑え気味だったように思う。しかし、それで精彩を欠いたということは全くなく、淡彩な分、響きの余韻で語るような表現が印象的だった。

シューベルトの晩年のソナタ第21番は、若い頃より彼の得意な曲であり、私は1975年の録音と1992年の映像を持っていて、これらも解釈としてはほとんど完成された名演だった。今回の演奏もその解釈から大きく外れてはいないが、淡々と噛み締めるように紡がれる音のグラデーションが見事で、シューベルト独特の異様な時間感覚に酔うことができた。特に、ある意味、単調とさえいえる2楽章において息を飲むようなタッチで惹き付け続けた演奏には鳥肌が立つ思いがした。

「展覧会の絵」はチッコリーニのピアニズムを存分に発揮した多彩な音色の万華鏡。ここでも渋く抑制された表現と、華やかな表現の対比が鮮やかで、冒頭、意外なほど朴訥に響いたプロムナードの表情が徐々に変化していくのが味わい深かった。一音一音ビーンと共鳴する音質の充実と余韻が効果的で、なにより生理的に快感だった。「テュイルリーの庭」でルバートをかけ突然ふっとフレンチ風に処理するような歌い口もチッコリーニならでは。最後の「キエフの大門」では、東方教会の巨大な鐘が鳴っているかのような印象を受けた。まさに悠然たる巨匠の芸を堪能した。

アンコールの「愛の挨拶」のリラックスした小粋なエンターテナーぶりも心憎く、続くスカルラッティは絶美の解放感だった。そして締めはやはり定番の「火祭りの踊り」。これは演奏する姿を観ているだけでも楽しく、聴衆の心を鷲掴みにしていた。おそらくマエストロは、いくつになってもこの曲をアンコールで弾き続けるのだろう。

スタンディングオベーションで喝采する聴衆に仏頂面で恭しく拝礼し、最後は淀川長治風にサヨナラと手をゆっくり振り去っていく茶目っ気あるステージマナーもあいかわらず。期待に違わぬ感動的なリサイタルだった。



※ジ・アート・オブ・アルド・チッコリーニⅡの詳細なレヴューが、畏友アリスさんのブログ「アリスの音楽館」に掲載されておりますので、是非御覧下さい。

アリスの音楽館より
アルド・チッコリーニ ベートーベン ピアノ協奏曲 ジ・アート・オブ・チッコリーニⅡ 3/16

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

Maestoro チッコリーニ来たる!

「マエストロ」は音楽家の一般的な敬称に用いられているが、本来の意味はもっと重い。84歳のピアニスト、アルド・チッコリーニは、到達した芸の高みと人間的な風格からいって疑いなく現代最高のマエストロと言えるだろう。

そのマエストロ、チッコリーニが、3月に待望の来日公演を行う。

チッコリーニ

●ジ・アート・オブ・アルド・チッコリーニ
◎第1夜:リサイタル

・日時:2010年03月14日(日) 開演:15:00 =リサイタル
・会場:すみだトリフォニーホール
・曲目:シューベルト/ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調D.960
     ムソルグスキー/組曲≪展覧会の絵≫

◎第2夜:協奏曲
・日時:2010年03月16日(火) 開演:19:00
・会場:すみだトリフォニーホール
・ 出演:アルド・チッコリーニ[ピアノ]
     ヴォルフ=ディーター・ハウシルト[指揮]
   新日本フィルハーモニー交響楽団[管弦楽]
・曲目:ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第3番 ハ短調
      同    /ピアノ協奏曲第4番 ト長調


料金 2公演セット券:S\11,700 A\9,900 B\8,100
第1夜1回券:S\6,000 A\5,000 B\4,000
第2夜1回券:S\7,000 A\6,000 B\5,000
チケット発売日:トリフォニークラブ会員先行発売:11/2(月)
        一般発売:11/3(火祝)
問合せ トリフォニーホールチケットセンター 03-5608-1212


●アルド・チッコリーニ ピアノ・リサイタル
・日時:2010年03月20日(土) 開場:14:30 開演:15:00
・会場:豊田市コンサートホール
・曲目:シューベルト/ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調D.960
     ムソルグスキー/組曲≪展覧会の絵≫
・全指定席:3,000円(学生半額)


私とってアルド・チッコリーニはクラウディオ・アラウとともに特別に畏敬するピアニストで、ほとんどのCDを揃えている。

チッコリーニのピアニズムに特徴的なのは、なにより一音一音が冴えていることだろう。粒立ちが良く、弾性に富んだ音質は、磨き抜いた象牙の玉のようで、イタリア的なベルカントの美意識というのか、強く明るく美しい共鳴音に対する嗜好が滲んでいる。音楽表現は鮮やかなテクニックに支えられた明晰なもので、それがフレンチピアニズムの高雅なゆらぎと結びつき、ユニークな個性を成している。

チッコリーニは、その持ち味を活かして輝かしいキャリアを築き、幅広いレパートリーを備えて、膨大な録音を残してきた。(※最近、EMIから56枚組のBOXセットが発売された。)その中には、シューベルトやリストなど一般的な曲目に加え、サティやマスネ、セヴラックなどユニークなレパートリーも含まれる。

チッコリーニは自身のピアノについてドラマティコではなくリリコ・スピントだと述べているが、主情的というより常にクールで気品のある歌い口は「洒脱」と評される一方で、我が国で評価が今ひとつである原因なのかもしれない。また、サティ全集の録音のインパクトがあまりに大きすぎて、今でも「サティ弾き」と思われているかもしれない。

しかし、欧米では大家として地位を確立し、尊敬を集めている。
特に90年代後半からの芸の深まりは著しく、音楽に慈愛に満ちた柔らかさが感じられるようになった。私は特にベートーヴェンのソナタ全集(1995-2000 BONOVANNI;現在廃盤だが、抜粋盤が発売されている)を、座右に置き愛聴している。これほどピアノを濁りなく鳴らしきりながらも、緻密で繊細なベートーヴェンは類がないと思う(ハンマークラヴィーアの凄まじさと言ったら!)。

2000年からはイタリアの新興ピアノメーカー、ファツィオーリ(Fazioli)の超高級器に出会い、このピアノの繊細な音色美を極限まで引き出したソロ録音を、Cascavelleからリリースした。(これも最近、6枚組のBOXセットで発売された。)これらの録音はチッコリーニ芸術の到達点というべき記録で、ピアノ愛好家には至宝といっていいものだ。

また、チッコリーニの回想録の日本語訳が2008年に刊行された。
ここでマエストロは、自らの人生と芸術についてかなり深い内容を平易な言葉で率直に語っていて含蓄が深い。

アルド・チッコリーニ わが人生 ピアノ演奏の秘密
パスカル・ル・コール (著), 海老 彰子 (翻訳)
全音楽譜出版社  ¥ 1,890

可能ならば、チッコリーニの実演に接することを是非お勧めしたい。
7年前、札幌で聴いたリサイタルで、CDで何度も聴いた巨匠の芸が、実演ではさらに豊かなものであることに圧倒された。チッコリーニが特別な高みに達した芸術家であることをきっと納得いただけるだろう。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

東京交響楽団『ブロウチェク氏の旅』日本初演

先の日曜日、東京交響楽団による『ブロウチェク氏の旅』の日本初演を聴いてきた。

東京交響楽団 第573回 定期演奏会
ヤナーチェク:オペラ「ブロウチェク氏の旅行」
2009年12月6(日) 18:00  サントリーホール

指揮=飯森範親
演出=マルティン・オタヴァ

ブロウチェク: ヤン・ヴァツィーク(Ten)
マザル/青空の化身/ペツシーク:ヤロミール・ノヴォトニー(Ten)
マーリンカ/エーテル姫/クンカ:マリア・ハーン(Sop)
堂守/月の化身/ドムシーク:ロマン・ヴォツェル(B.Br.)
ヴュルフル/魔光大王/役人:ズデネェク・プレフ(Bass)
詩人/雲の化身/スヴァトプルク・チェフ/ヴァチェク:イジー・クビーク(Br)
作曲家/竪琴弾き/金細工師ミロスラフ:高橋 淳(Ten)
画家/虹の化身/孔雀のヴォイタ:羽山晃生(Ten)
ボーイ/神童/大学生:鵜木絵里(Sop)
ケドルタ:押見朋子(Alt)

ヤナーチェク:オペラ『ブロウチェク氏の旅行』
第1部 ブロウチェク氏の月への旅
第2部 ブロウチェク氏の15世紀への旅
(日本初演、セミ・ステージ形式、チェコ語上演、字幕付)

東京交響楽団は1997年以来、2年毎に定期でヤナーチェクのオペラを取り上げ、今回は『利口な女狐の物語』、『カーチャ・カバノヴァー』、『死者の家から』、『マクロプロスの秘事』に続く5回目。当会の発足メンバーが集まったのが初回『女狐』の後で、以来、当会はこのチクルスに合わせて対訳解説書を刊行してきた。まさに当会の歩みは東響と共にあり、個人的にも思い入れが深い。

ヤナーチェクの響きは、CDで聴き込んでいたとしても、実演で驚かされることが多く、これまでも様々な発見があった。今回の『ブロウチェク』は、このチクルスの中でも特に充実した内容で収穫が多かった。

今回のポイントは3つ。
作品の特異性、演奏の至難さ、そして音楽自体の喜劇性だ。

当会の対訳解説書でピアニストの赤堀春夫氏が分析している通り(”『ブロウチェク氏の旅』の鏡像世界”参照)、この曲は短いモチーフを反復・変形させることで響きにモザイクのようなグラデーションを与えながら、きわめて緻密でユニークな音楽を構築している。

こうした独特の作曲法はイェヌーファ以降の作品に共通するが、ヤナーチェクはこれを喜劇という枠で徹底的に活用した。『フィガロの結婚』第2幕や『薔薇の騎士』第3幕でコミカルなドタバタを維持するため、矢継ぎ早に展開が繰り出されるように、この作品でも凝った管弦楽が耳を常にくすぐり、ちぐはぐな対話を力技で聴かせてしまう。

これは実に楽しい! だが、オケにとっては拷問に近いものだろう。特に第1部では一瞬たりとも気が抜けない。ブロウチェク氏でなくとも「狂ってる!」と叫びたくなる。マッケラス卿が録音を避けたのも、むべなるかな。『利口な女狐』や『死者の家』にはこれに近いテンションの持続があるが、それでももう少し短く、演奏者への配慮があるように思う。ストラヴィンスキーが傑作バレエ『結婚』を書いた後、路線転換したように、さすがのヤナーチェクもこの先を突っ走るわけにはいかないと思ったのではないか。

兎の穴に落ちたアリスのように、ブロウチェクは月世界と15世紀にトリップする。第1部「月への旅」の奇妙な月世界人は、高尚ぶった”友愛”の種族だが、実は中身が空っぽ。これは当時の似非インテリへの諷刺だろう。例えば、洗練された形式を誇る詩人の作品は次のとおり。

雲の化身
 創造物すべてへの愛をこめ,青空に黄金の太陽が輝く,大昔から。
 万能の芳香に力づけられ,花の露は静かにしたたる, 大昔から。
 うっとりする花の香は,静かな感謝の気持で上がりくる,大昔から。
 岩肌と地殻の下で,永遠の火は精をつけている,大昔から。


つまり同じ言葉で韻を踏むヘッポコなもの。
この荘重ぶった歌にもヤナーチェクはとてもヘンテコな音楽を付けている。

そして、空腹にたまりかねたブロウチェク氏が、隠れてソーセージを食べると、花の香を嗅ぐことで生きている月世界人たちは一斉に彼を非難する。

芸術家たち
 ひどい,ひどい!

ブロウチェク(激怒して)
 ただの豚肉さ,細かく刻んで,腸詰めにされた・・・ それは・・・

神童
 豚肉・・・ 細かく刻まれ・・・ 腸詰めにされた・・・ それは・・・

エテレア(飛びこんできて,ブロウチェクの周りで激しく踊る)
 あなたはあたしにとって,中国人にとっての茶よりも大事な花!
 そのことを竪琴と黄金の提琴の調べに託す,
 エテレアは永久にあなたのものと!


この、おバカなエテレアの登場には思わず噴き出した。それはナンセンスな台本に、音楽の唐突な転換が噛み合っているからだ。字幕から必死に筋を追っている方々に同情しつつ、腹の底から笑いがこみあげてきた。私は、この作品について音楽の魅力はともかく、喜劇としては既に賞味期限切れと考えていたが、どっこい、しりあがり寿の漫画のような味がある。

この難物を日本初演するにあたり、東京交響楽団は相当入念に準備したのだろう。合唱団が暗譜で歌っていたことなど、その苦労は随所に表れていた。

主要キャスト3人は、昨年発売されたビエロフラーヴェク指揮BBC響のDG盤と重複している(ヤン・ヴァツィーク、マリア・ハーン、ズデネェク・プレフ)。このくすぐるようなオケにのせて早口の歌唱をこなすのは大変で、特にテノールは高域が殺人的にきつい。チェコ人歌手だからといって誰にでもできる役ではないだろう。この日のキャストは、現在、この作品で望みうる最高の歌手を選り抜いたといえる。羽山晃生、鵜木絵里、押見朋子など端役に至るまで実力派を揃えたことからも万全の布陣がうかがえる。

ブロウチェク役のヤン・ヴァツィークは力強い声から、巧みな台詞回し、メタボな風貌まで役柄ぴったりで、抜群の安定感があった。そして、何といってもマーリンカ役のマリア・ハーンのしっとりした声と歌唱に魅せられ、すっかりファンになった。ブロウチェクにまとわりつくエテレア姫は頓珍漢なキャラだが、小アリアのような聴かせどころが多い。ハーンは、ヤナーチェクを得意とするとのことで、もっと色々聴いてみたい。我が国最高の曲者テノール、高橋淳はいつもながら素晴らしく、混乱が頂点を極める月世界からの離脱の場面のソロは圧巻だった。

指揮者の飯森範親は、細かくテンポを調節しながら、心地よい流れをもって非常に面白く聴かせた。『ブロウチェク』や『マクロプロス』のような難物を、これだけの安定感で聴かせるのは大変な事だと思う。この人のオケをさばく能力は尋常ではない。

そして、何といってもオケが最高に健闘した。目まぐるしい展開の中でも、萎縮することなく細部まで良く鳴っていて、響きには迫力と潤いがあり、劇的なコントラストが生きていた。例えば混乱の中、ブロウチェクが帰還した時のしっとりとした間奏の美しさ。管楽器は特に緊張の連続だったと思う。これも一朝一夕ではない、長年蓄積したヤナーチェク演奏の成果が現れていたと思う。

ただ残念なことに字幕は非常に分かりにくかった。
特に第2部「15世紀への旅」は、フス戦争時代に迷い込んだブロウチェク氏が敵前逃亡で処刑されそうになるというだけの話だが混乱をきたしていた。歴史的背景を踏まえ、意訳してでも聴き手の理解に配慮すべきだった。

例えば、フス派の兵士たちが十字軍を反キリスト呼ばわりするのに戸惑った方もいるだろう。これはカトリックが、異端のフス派を討伐するため十字軍を差し向けたためだ。

また、学生が兵士と教条問答する中、ターボル派を非難する場面がある。『我が祖国』にも登場するターボルとは、急進派のフス教徒が立て籠った城砦都市で、これは当時フス派の中でも、穏健派のカリックス派と、急進派のターボル派との間に対立があったことを背景としている。

そしてヤンという名前が何度か出てくるが、宗教改革者ヤン・フス、フス派の英雄的な将軍ヤン・ジシカ、説教師ヤン・ロキツァナ、フス派の指導者ヤン・ジェリフスキーが混同されている。フスは火刑に処されたはずなのに、と思うと混乱するだろう。

もちろん、こんなことを知らなくとも鑑賞に支障はないが、戸惑った方もいたと思う。

サントリーホールは、ほぼ満席。これだけ手間がかかった上演ならば『マクロプロス』と同様、二晩あってもよかった。ともあれ世界的にも上演機会がきわめて少ないユニークな傑作の日本初演が成功したことを喜びたい。おかげさまで当会の対訳解説書の会場販売も好調だった(刊行が間に合って良かった!)。東京交響楽団の関係者の皆様には心から感謝の意を表したい。

さて、これで東響のチクルスは終了だろうか。可能であれば2年後『運命』か『シャールカ』での再会を期待したい。当会の対訳解説書は、これでひとまず主要作品を網羅したが、晩年に改訂した処女作オペラ『シャールカ』も捨てがたい逸品だ。既に関根先生は、対訳、解説を仕上げ、やる気満々。ここまできたなら世界初のオペラ全集刊行まで漕ぎつけたいのだが。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

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発話旋律 "Speech Melody"
日本ヤナーチェク友の会公式サイト管理人Pilsnerのブログ
チェコ音楽を中心にした音楽雑記帳です。
The blog by the chief manager of Janáček Association Japan
http://twitter.com/#!/janacekjapan

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