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ドヴォジャークの交響詩『野鳩』

1620年にボヘミアのプロテスタント勢力がプラハの郊外、白山(ビラーホラー)で大敗を喫して以来、チェコ民族はハプスブルク家の支配下に置かれた。これによりチェコ語は廃れ、公の場ではドイツ語が使用されるようになったが、18世紀後半から民族意識が高まるにつれて再びチェコ語が見直されるようになった。そして19世紀には、既にチェコ語が不自由になってしまった都市の知識人が、「民族覚醒者」として、チェコ語を研究し、公用語として整えたため、チェコ語で学術書や文芸書、新聞等が書かれるようになる。それは明治人の言文一致運動にも似た苦労だったろう。

これに併せて、長く民衆に伝承されてきたチェコ語の文芸や民謡が採取され研究されるようになった。チェコ語は民衆の言語として、こうした民俗芸能により命脈を保ってきたからである。

ドヴォジャークが交響詩にした、カレル・ヤロミール・エルベン(1811-1870)の物語詩集『民族伝説の花束』(通称『花束』)は、1853年にプラハで出版されたもので、チェコ文学史上、特に重要な作品である。13編からなる物語詩の内容は、エルベンが民間伝承から採取した怪異譚が主で、いわばチェコ版の「遠野物語」といえるものである。社会が近代化される前、電灯もなく娯楽も乏しい中で長い夜を過ごさなければならなかった庶民が、深い闇を感じながら紡いだ話は、どこの国でも、やはり怪談が中心になる。そして、それらの物語は伝承されることで練り上げられ、潜在意識に訴える力を持つようになるのだろう。

1895年、ドヴォジャークは、米国から帰国し、弦楽四重奏曲13、14番を仕上げた後、純粋な器楽作品を全く書かなくなり、以後、交響詩やオペラのような劇音楽に専念した。彼は熱烈なワグネリアンだった若い頃から劇音楽で成功するのが生涯の目標だったからだ。帰国した翌年の1896年に作曲したのが、この交響詩集で、第1曲『水の精』、第2曲『真昼の魔女』、第3曲『金の紡ぎ車』、第4曲『野鳩』からなり、内容からいえば『真昼の魔女』と『野鳩』が特に充実している。

これらの交響詩はヤナーチェクとの関わりも深い。ヤナーチェクは『真昼の魔女』を絶賛する評論を書いており、1898年には『野鳩』を自らチェコ管弦楽団を指揮してブルノで初演している。これらの2曲で、冒頭に登場する動機が派生し成長していく作風は、ヤナーチェクの晩年の管弦楽曲にも大きな影響を与えた。また、ヤナーチェクが採集した民謡集『モラヴィア民謡の花束』(1890)もエルベンの『花束』を意識したタイトルだろう。


今回、この『野鳩』が、ラドミル・エリシュカ指揮、札幌交響楽団により演奏される。

札幌交響楽団 第548回 定期演奏会
~R.エリシュカ チェコ音楽シリーズvol.5~


2012年4月27日(金) 19:00~
2012年4月28日(土) 15:00~

会場:札幌コンサートホールKitara

指揮 ラドミル・エリシュカ(首席客演指揮者)

曲目:
ヴォルジャーク スケルツォ・カプリチオーソ op.66
交響詩「野鳩」 op.110
交響曲第9番ホ短調op.95「新世界より」

eliska&SSO_201204


『野鳩』は、チェコ・ドヴォジャーク協会会長であるマエストロが特に愛好し得意とする作品であり、国内でも既に2度取り上げている(大阪センチュリー響2006、都響2008)。今回は、互いに気心が知れ、チェコ音楽の風合いが最も活かされる札響との演奏だけに大いに注目される。

この作品の詳細については、チェコ文化研究家の関根日出男先生による解説が、作品の元となったエルベンの詩とともに公開されているので是非とも御参照いただきたい。

関根日出男先生著作集
ドヴォジャーク:交響詩「野鳩」Holoubek作品110, B.198


関根先生の優れた解説の前に私の記事は蛇足だが、この曲は、若い愛人のため亭主を密かに毒殺した美貌の未亡人の物語だ。冒頭の美しくも沈痛で曲想は、若い燕との婚礼により華やかに変わるが、彼女が野鳩の鳴き声をきっかけに良心の呵責に悩み自ら命を絶った後、もう一度、雰囲気を変えて繰り替えされる。それは冒頭の不穏な色合いと違って慰謝に満ちたもので感動的だ。

ちなみに、ドヴォジャークは、このような怪異譚を好んだようで、カンタータ『幽霊の花嫁』という作品も書いている。これは亡くなった恋人に墓地で誘拐される花嫁の物語だ。他に怪談好きの作曲家といえば、やはりボヘミア生まれのマーラーが思い浮かび、『嘆きの歌』や『子供の不思議な角笛』にもその手の話に基づくものがあるし、交響曲のグロテスクな表現にも怪奇趣味が滲んでいる。ボヘミアには怪談好きの伝統があるのかもしれない。この作曲家の文学青年じみた自己憐憫は苦手だが、この怪奇趣味は惹かれるところだ。

※エルベンの『花束』については北海道大学文学部の柴田匠氏、浦井康男氏による翻訳と解説を参照した。改めてお礼を申し上げたい。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

プラジャーク弦楽四重奏団、そしてレメシュ氏のこと

弦の国チェコには優れた弦楽四重奏の伝統があり、数多くのカルテットが存在する。その中でも、私にとり特に思い入れの深いのがプラジャーク弦楽四重奏団だ。

プラジャーク弦楽四重奏団の特色は、各奏者がソリスト並の技量と個性を備え、質・量とも充実した音で彫りの深いアンサンブルを聴かせることだろう。第1ヴァイオリンのヴァーツラフ・レメシュ氏の愉悦感に溢れた弦の表情と、その個性を着実にサポートするヴラスチミル・ホレク氏の安定感、ヨーゼフ・クルソニュ氏の懐深いヴィオラにミハイル・カンカ氏の質感のあるチェロ。彼らが活き活きと演奏する様を観ているだけでも清々しい気分になれた。プラジャーク(Pražák)とは「プラハっ子」という意味である。プラハ弦楽四重奏団という名門カルテットがあったが、プラジャークには、こうした往年の団体のチェコ的な性格に加えて、その名の通りモダンで人懐っこく元気の良い表現性があり、その特長はヤナーチェクの作品で特に有利に現れていたように思う。



私が彼らを知ったのは、1997年に録音したヤナーチェクのCDからで、これを初めて聴いたときには本当に驚嘆し、いまだに愛聴している。これは1998年フランス・ディアパゾン・ドール室内楽部門年間最優秀賞を受賞している名盤だ。

プラジャークのヤナーチェク

●ヤナーチェク室内楽作品集
レオシュ・ヤナーチェク:
(1)弦楽四重奏 第1番「クロイツェル・ソナタ」
(2)ヴァイオリン ソナタ
(3)弦楽四重奏 第2番「内緒の手紙」
 プラジャーク弦楽四重奏団、萱原祐子(pf)
 Harmonia Mundi Praga (フランス)


この録音で、プラジャーク弦楽四重奏団と共演している榊原(旧姓:萱原)祐子さんはチェコの名ピアニスト、ヤン・パネンカに師事した方で、その骨太な個性と優れたアンサンブル感覚はプラジャークのメンバーに高く評価され、彼らと度々共演している。

プラジャーク弦楽四重奏団は2002年に札幌コンサートホールKitaraが企画したコンサートシリーズ「チェコ芸術週間」に出演し、その後も何度か来札している。この企画のコーディネーターを務めたのが萱原さんで、以来、お付き合いがあり、後に当会にも入会いただいた。その頃、プラジャークは既に欧米では評価が高かったが我が国では知名度が低く、東京公演すらなかったが、後にラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの常連となったことから人気が高まった。また、プラジャークは、Pragaレーベルに、チェコ作品はもちろん、ベートーヴェン全集をはじめとする古典派から、ロマン派、現代曲いたるまで幅広いレパートリーの録音を残し、高い評価を得ていた。

しかし、第一ヴァイオリンのヴァーツラフ・レメシュ氏が2年前から体調を壊し、今年になってメンバーがパヴェル・フーラ氏(コチアン弦楽四重奏団の第1ヴァイオリン奏者)に交代したことを知った。ファンとしてとても気がかりだったが、つい先日、萱原さんから、レメシュ氏の近況をうかがったので、ここにご紹介したい。

萱原さんによると、レメシュ氏は、完治不能な局所性の神経疾患を患い、演奏家として引退を余儀なくされたとのことだ。社会生活に問題はないものの、生涯をカルテットに捧げていただけに、心身ともにダメージが大きかったという。私はレメシュ氏ほど幸せそうに演奏する音楽家を観たことがない。それだけに氏が受けた痛手は想像にあまるもので、ファンとしても痛恨というよりほかない。

そんな中、レメシュ氏は今夏8月に来日し、名古屋の宗次ホール(※カレーハウスCoCo壱番屋の創業者がオーナー)主催のアンサンブルフェスタで若手弦楽四重奏団6団体を指導した。レメシュ氏は、スメタナ弦楽四重奏団のコホウト教授から習った時のエピソードなども交えながら情熱的な指導を展開し、充実した講習会になったそうである。この企画は大成功をおさめたため、来年以降も続けられる予定とのことだ。

第3回アンサンブルフェスタご報告(宗次ホール・オフィシャル・ブログ)
http://munetsuguhall.blog8.fc2.com/blog-entry-274.html

自らの指導で学生たちの演奏がみるみる魅力的になっていくのを目の当たりにし、レメシュ氏も第2の人生への確かな手ごたえを感じたようだ。このような機会をとおして、レメシュ氏の経験が日本の若手演奏家に受け継がれるならば本当に素晴らしいことだと思う。

一方、新生プラジャークは、第1ヴァイオリンの交代に伴い、レパートリーを全部仕込みなおさなければならず、「気が遠くなるほど大変だった」とヴィオラのクルソニュ氏がもらしていたそうである。しかし、彼らも再び精力的に演奏活動と録音に取り組み始めている。来年には再来日するとのことで、再会が今から楽しみである。レメシュ氏、新生プラジャーク共に今後の活躍を応援していきたい。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

"Moravian gems"(モラヴィアの宝石) Live in NY

Gems

以前、このブログでも紹介したチェコのジャズピアニスト、エミル・ヴィクリツキーがモラヴィア民謡をアレンジした名盤、Moravian Gems(モラヴィアの宝石)の曲目が、今年1月にニューヨークでライヴ演奏された。この時の録音がYouTubeにアップされたので紹介したい。演奏メンバーはドラム以外、2007年録音のCDと同様で、チェコ生まれの世界的ベーシスト、ジョージ・ムラツ、ロマ出身のマルチ・パフォーマー、イヴァ・ビットヴァーが参加している。

George Mraz -bass, Emil Viklicky -piano, Billy Hart -drums, Iva Bittova -voc
Moravian folklore melody arranged by Iva Bittova, George Mraz and Emil Viklicky
recorded live in Dizzy´s Club Coca Cola, New York City, Lincoln Cenenter of Jazz, on January 3rd, 2011

Oh Love, Love / Ej lásko, lásko / 愛よ (ヤナーチェク「モラヴィア民謡の花束」収録)



A little bird’s flown over / Preletěl ftáček /小鳥は飛び去った(ヴィクリツキーのオリジナル)



A Little Wreath / Věneček /小さな花輪


ヴィクリツキーのダルシマーを模したようなピアノの即興は、どこかヤナーチェクのピアノ曲の響きを思い起こさせるものがある。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

ヨゼフ・スーク追悼

チェコを代表するヴァイオリニスト、ヨゼフ・スークが今月6日に亡くなった。享年81歳。

スークはドヴォジャークの曾孫にあたり、ドヴォジャークの娘婿だった同姓同名の作曲家ヨゼフ・スークの孫にあたる。

スークは戦後、ヴァイオリンやヴィオラの独奏、室内楽、室内オーケストラ等、様々な分野で活躍し、レパートリーは、チェコ音楽は無論、バロックから古典派、近代作品まで幅広く、その演奏は、チェコの弦特有の薫り高く澄んだ音色により端正に歌うもので、すっきりした甘さのなかに人間的な温かみと品格が滲んでいた。

特に、ピアノのヤン・パネンカ、チェロのヨゼフ・フッフロと共に結成したスーク・トリオは、チェコ音楽に加え、ベートーヴェンやシューベルト、ブラームス等、独墺系の作品を得意とし、その精緻なアンサンブルは室内楽の模範というべきものだった。

偉大な芸術家の訃報に接すると一時代が終わったという感慨を抱くことがある。スークは2002年に演奏活動から引退し闘病生活を送っていたが、長く弦の国チェコの中心的存在だっただけに、チェコ音楽界の戦後が遂に終わったかと今更ながら寂しく思う。

来日も多く、教育者として我が国に与えた影響も大きい演奏家だった。謹んでご冥福をお祈りしたい。

私は残念ながら実演を聴けなかったが、優れた録音が数多く残されていて常々愛聴している。中でも私が座右に置いている代表的な録音を以下に挙げる。

バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ/スーク(Vn)
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ/スーク(Vn)、パネンカ(Pf)
ドヴォジャーク:ピアノ三重奏曲集/スーク・トリオ
フィルクシュニー&スーク、プラハの春1992年ライヴ/スーク(Vn)、フィルクシュニー(Pf)

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

ヤナーチェクからカミラヘの「ないしょの手紙」について

ショパンとサンド、シューマン、ブラームスとクララ、ワーグナーとコジマ等、作曲家の創作を刺激したミューズにまつわる逸話は多い。しかし、ヤナーチェクが老いらくの恋を捧げた38歳下の人妻カミラ・ステッスロヴァーとの関係は、作曲者自身による大量の手紙が残されていることから、ロマンティックな想像に留まらない学術的な興味を引くものだろう。カミラからヤナーチェクへの手紙は妻ズデンカの目をはばかってかほとんど残されていないが、カミラはヤナーチェクに出会った当初から手紙を保管しており、それらの英訳版はペーパーバックで手軽に読むことができる。

Intimate Letters: Leos Janacek to Kamila Stosslova
John Tyrrell(編集, 翻訳)

ヤナーチェクの手紙は創作家の想像をかきたてるのか、映像演劇等でも取り上げられている。また、ヤナーチェク自身、焦がれるような気持ちを綴った「ないしょの手紙」を弦楽四重奏曲にしている。



来月5日には、この手紙を題材にした新作の一人芝居「君を待つ」が東京で上演される。

■「君を待つ」(コトホギ第一譚)

チェコを代表する作曲家、レオシュ・ヤナーチエク(1854-1928)がミューズと呼び、晩年の11 年間に720通もの手紙を送った女性、カミラ・ステッスロヴァー。死の床にある彼女の魂がさまよい、彼との思い出を振り返る。夫、子どもを愛するカミラにとって、ヤナーチェクとの関係は何だったのか?次第にある事実が浮き彫りにされていく…。

・音楽    レオシュ・ヤナーチェク
・作/演出 /出演    広瀬 彩
・日程    2011年7月5日(火) 15:00/19:00開演(2回) 
・場所    近江楽堂 オペラシティ3階(初台駅東口徒歩1分)
・料金    3,500円(自由席)

後援 : 日本ヤナーチェク友の会


カミラはユダヤ人で、夫は古物商を営んでいた。このため、手紙は、大戦を経て数奇な運命を辿り今に残った。

カミラは、ヤナーチェクが亡くなって2年後、アドルフ・ヴァシェクの著書「ヤナーチェク博士の軌跡」に、それら一部の引用を許諾する。本が出版されるや、その内容は反響を呼び、地元紙はカミラが1000通もの手紙を所有していると書き立て、1926年のロンドン訪問の折の手紙や1927年のフランクフルトからの手紙を引用した。ヤナーチェクの妻のズデンカは大いに驚き、手紙の公開差し止めの法的手続きをとった。

作曲家の生前からの信奉者である音楽学者、ヴラデミール・ヘルフェルトは、手紙をマサリク大学のヤナーチェク資料コレクションに加えるためカミラに買取りを申し出たが拒否された。1935年、カミラが癌のため43歳で亡くなると、ヘルフェルトはカミラの夫、デヴィッド・シュテッセルと交渉したが、提示額が高すぎて話はまとまらなかった。

開戦直後の1939年、カミラとデヴィッドの長男、ルドルフ・シュテッセル(当時26歳)は、手紙を20,000クラウンの担保としてベドルジハ・ヒルシュに託した。ヘルフェルトは、手紙が売りに出されていること知り、作家権利協会の会長、カレル・ベリングに協力を依頼した。結局、同年ヒルシュは手紙を22,000クラウンでマサリク大学の哲学部に売却した。

手紙は713通あり、書簡、葉書の他、ヤナーチェクがデヴィットに送った手紙や、ヤナーチェクの妹、ヨゼファがカミラへ送った手紙も含まれる。また、カミラのアルバムや自筆譜(ブルノ、マサリク大学定礎のための合唱曲、弦楽四重奏第2番「ないしょの手紙」)も含まれていた。

マサリク大学が手紙を獲得した8日後、ヘルフェルトはチェコスロヴァキア共産党の地下組織に参加し抵抗運動を行ったかどでゲシュタポに逮捕され、ブルノのシュピルベルク城に拘禁された。彼はコレクションが不完全な状態になっていたのを獄中でも気をかけ続け、欠けている1923年の手紙を捜すようベリングに依頼していた。ヘルフェルトは1942年に一時的に釈放されたが、1944年に再逮捕され、プラハのパンクラーツ刑務所に収監され、最終的にテレジンシュタット強制収容所に移送された。そして、チェコスロヴァキア解放の直前の1945年、プラハへの帰路において発疹チフスで亡くなった。ヘルフェルトは全4巻からなる大部なヤナーチェクの評伝を書き上げるつもりだった。彼は、1938年に35歳までの生涯についての第1巻を完成しており、これがこの作曲家の最初の評伝となった。ヤナーチェクの素顔をよく知るヘルフェルトが終戦後も生き延び著作を完成していればと思うと残念でならない。

ユダヤ人だったシュテッセル家も大戦中、ナチスの迫害を受けた。デヴィットはスイスに逃れ1982年(93歳)まで生き、息子たちは非ユダヤ人と結婚してチェコスロヴァキアで生き延びたが、残りの家族は虐殺された。ピーセクのユダヤ人墓地は荒らされ、カミラの墓も破壊された。

終戦後、マサリク大学哲学部が所有していたヤナーチェク関連の資料は全てモラヴィア博物館の音楽部に移管された。ブルノにあるヘルフェルトのアパートはくまなく捜索されたが、失われた手紙は見つからなかった。

その後、1950年代にヘルフェルトの未亡人より手紙の何通かがもたらされ、1967年にはヤナーチェクの姪ヴィエラの遺産から24通が発見された。1970年には手紙や写真が数通が加えられ、1980年時点で、合計697通の手紙、葉書、カミラ宛の返信、そして32枚の空封筒が存在する。

私の手元には、モラヴィア博物館が発行した手紙のファクシミリがある。ヤナーチェクの激情が伝わってくるような筆致で、ところどころに自筆譜が添えられているのが興味深い。

letter

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

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Author:Pilsner
発話旋律 "Speech Melody"
日本ヤナーチェク友の会公式サイト管理人Pilsnerのブログ
チェコ音楽を中心にした音楽雑記帳です。
The blog by the chief manager of Janáček Association Japan
http://twitter.com/#!/janacekjapan

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