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2012年のディスク十選

新年おめでとうございます。
今年も本サイトをよろしくお願いいたします。

さて、以下は毎年恒例で綴っている昨年の私的ベスト盤です。順不同。旧録音を含み、ここで単発で取り上げたものは除外しています。

1.ヤナーチェク:シンフォニエッタ、ストラヴィンスキー:『火の鳥』、ワーグナー:序曲集、他 /マタチッチ&N響(1965-75、ステレオ)

2.ヤナーチェク:黒い土(Cierna zem / Black Soil)

3.ドヴォルザーク:交響曲第9番『新世界より』、交響詩『野鳩』/エリシュカ&札幌交響楽団

4.ドヴォルザーク:交響曲全集、管弦楽曲集 /A.デイヴィス&フィルハーモニア管弦楽団、他(7CD限定盤)

5.リゲティ:メロディーエン、チェロ協奏曲、クルターグ:トルーソヴァのメッセージ、他 ペレーニ、エトヴェシュ&UMZEアンサンブル、ザゴリンスカヤ

6.ブルックナー:交響曲第1番(リンツ版)/ヤノフスキ&スイス・ロマンド管弦楽団

7.チェリビダッケ・ブルックナー・ボックス(3DVD+2CD)

8.モーツァルト:ピアノ・ソナタ第12番、第14番、幻想曲ハ短調、クレメンティ:ト短調ソナタ /チッコリーニ(2011)

9.フランク、ドビュッシー&ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ集 /フランチェスカッティ

10.ジャン・クラ:フルート、ハープと弦楽のための作品集 /ユレル、ラングラメ、グラファン、ドマルケット、ダ・シルヴァ

番外:ラヴィ・シャンカル・コレクション(10CD限定盤)


1)いずれの曲もマタチッチらしく器量の大きな演奏で、シンフォニエッタは特に貴重な録音だ(1979年のザグレブ・フィルとのライヴ録音もあったが、かなり聴き劣りする)。マタチッチはヤナーチェクと意外に縁が深い。彼は1922年にスロヴェニアの首都リュブリャナで『イェヌーファ』を指揮し、これが最初の成功(23歳)となった。以後、このオペラを何度か振っている(先日、1961年のフランクフルト州立歌劇場での録音がリリースされた)。マタチッチがチェコ音楽をレパートリーにしたのはチェコ人歌手である妻Karla Dubskaの影響によるという(その後、3度結婚している)。ウィーンやケルンで『イェヌーファ』が上演されたのが1918年、ニューヨークは1924年なので、リュブリャナでの上演はかなり早い。

2)ブルノのJ&M Agencyによるプロジェクト「黒い土」によるCD。ヤナーチェクのピアノ曲と彼が収集したモラヴィア民謡を声楽とツィンバロンで奏している。昨年、J&M Agencyからサンプル盤を贈られ、すっかり惚れ込み、CDを取り寄せて会員にも配布した。

タイトル通り、ヤナーチェクの音楽と、それ育んだ豊かな音楽的土壌とのつながりが感じられる。演奏には、ブルノ国民劇場の歌手や合唱団が参加しており、なにより響きが自然なのがいい。ヤナーチェクとモラヴィア民謡に関する解説も充実していた。録音、ジャケットデザインも優秀。企画者のセンスが光っている。

このCDは、国内で入手困難だが、MP3ファイルがアマゾンで入手可能。手元にCDが数枚残っていますので希望者には2000円でお分けします。

3)エリシュカ&札響が満を持して臨んだ「新世界」は待たされた甲斐あって期待以上に素晴らしかった。これまで以上に、こくのある響き、繊細な表現となっており、エリシュカと札響との関係の成熟を実感する。録音が数多ある「通俗名曲」に札幌から世界標準に値する名盤が誕生したことを喜びたい。

4)ターリヒ、ノイマン、クーベリック、エリシュカ等、チェコの巨匠たちがドヴォジャークをブラームスのように彫深く鳴らしているのに比べると、英国人のディヴィスの演奏はもう少し歌謡的になだらかで柔らかいが、弦を繊細に膨らませるなどして、丁寧に内声を聴かせている。ややもすると隙が感じられる初期の作品も秀演で、ドヴォジャークへの思い入れの深さが感じられる。マルセル・モイーズ指揮マールボロ音楽祭管楽アンサンブルによる管楽セレナードがカップリングされているのも嬉しい。

5)2009年、カーネギー・ホールにおけるクルターグ、リゲティの作品展のライヴCD。独特の音響的感触があるクルターグの歌曲が特に素晴らしい。『アンナ・アフマートヴァによる四つの詩』は世界初演。

6)ヤノフスキ&スイスロマンドによるブルックナー・チクルスの一つ。巨匠然とした風格ある名演というよりは、ニュートラルにして繊細な味わいでスイスロマンドが意外な程の好演。2楽章のアダージョが特に美しく、こうして聴くと9番のアダージョと親近性が感じられる。ヤノフスキーのブルックナーには曲によって向き不向きがあるようだが、これは良かった。

7)これを聴いて、ブルックナーは当分打ち止めという気分になってしまった。それくらい圧倒的な印象。チェリビダッケの指揮姿が見物。

8)チッコリーニ86歳の最新録音はクレメンティとモーツァルト。ベートーヴェンを予感させる作品をベヒシュタインをたっぷり鳴らした巨匠のピアニズムで味わう。

9)巨匠フランチェスカッティのフランス作品集。確かな感触を備えた美しい音色。誇張のない洗練と気品が魅力的だが、地味な個性のせいか、意外にもタワーレコード企画による国内初CD化。柔らかな音色で何気なく精密に支えるバルサムのピアノ伴奏がまた素晴らしい。

10)ジャン・クラ(1879-1932)は、デュパルクと親交のあったフランス海軍の士官で、潜水艦撃沈などの武功を立て、現役の海軍少将として亡くなった。発明家でもあり、海軍に採用されたクラ式作図装置でも知られるそう。作風はフランス印象派の音楽だが、ところどころにエキゾチックな味わいが混じるのは船乗りだからか。このレーベルには他にもクラの録音があるがいずれも作品、演奏共に魅力的。

番外)昨年亡くなったインドの民族楽器シタールの名手、ラヴィ・シャンカルの激安ボックス。ジャズや邦楽、クラシックとの共演もあるが、クロスオーヴァーな音楽にありがちな異種混交のキッチュをあまり感じないのは、インド音楽が歌舞伎のようにある種の型をもって何でも消化してしまうからか。


なお、ドビュッシー・イヤーで何よりの収穫はエマールの新録以上に、安川加寿子の旧録だった。

2012bestCD



テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

安川加寿子のドビュッシー ピアノ独奏曲集成

今年はドビュッシー生誕150周年にあたり、それにちなんだCDが色々リリースされている。その中でも特に感銘を受けたのが、先日再発された安川加寿子の録音だ。

ドビュッシー生誕150周年特別企画 ドビュッシー:ピアノ独奏曲集成
安川加寿子(ピアノ) 
ビクターエンタテインメント 4CD

-ピアノ独奏曲集成-安川加寿子

言うまでもなく安川加寿子(1922-1996)は我が国のピアノ界における大御所で、戦後の楽壇の第一線で活躍し、多くの後進を育成した。ピアノ学習者には、数々の楽譜、教本の編者として馴染みが深いだろう。もちろん私もその高名を存じてはいたが、演奏を聴いたのは今回が初めてだった。

今更ながら驚いたのは、どの曲を聴いても往年の香気溢れる生粋のフレンチ・ピアニズムであること。安川は外交官の娘として幼少の頃よりパリに育ち、名ピアニストにして名ピアノ教師だったラザール・レヴィに師事したのだから不思議はないのだが、これが本当に日本人によるドビュッシーかと思う。(ちなみにレヴィの門下生には他に、モニク・アース、クララ・ハスキル、イヴォンヌ・ロリオ、ソロモン、田中希代子、原智恵子等がいる。)

音量のダイナミックレンジは広くないので、一聴すると地味な印象だが情報量は豊かだ。並のピアニストなら力で押し切るところも響きの質感に濃淡をつけ雄弁に聴かせてしまうからだ。どの音も丸く粒立って共鳴し軽やかだが、響きの重心は低いところにあるため柔らかい。リズムは粘らずピンポイントに正確で洒脱なユーモアがある。そしてなにより、こうした技巧が音響的な美しさ以上に洗練した表現として活きているところに感嘆してしまう。

このドビュッシーは研ぎ澄まされた感覚美に引き込むというよりは、聴手の想像力を喚起するような演奏だ。ドビュッシーのピアノ曲というと、どこか韻文的なイメージがあるけれど、この演奏はむしろ散文的な語り口の巧さが際立っている。

例えば、前奏曲集第2集の有名曲、第5曲「ヒースの荒野」。親しみ易い主旋律にスケールが絡むのだが、その展開の妙。多くのピアニストは、スケールを背景に散らして響きのエアを醸し出すが、安川はむしろ小気味よく鳴らして呼吸の変化で音楽を組み上げてしまう。まさに名人芸だ。

安川に師事し、彼女の評伝を著した青柳いづみこ氏もライナーノートで次のように述べている。

その美質はあげていけばきりがないが、もっとも特筆すべきは類まれなるバランス感覚だろう。安川のドビュッシーは、決して、感覚的なものに依存したアプローチではない。楽譜をきちっと読み、明快なロジックで分析した、むしろ骨太な音楽である。

ドビュッシーのピアノ曲は好物で、色々と聴き漁っているが、この演奏はとても好みに合った。そういえば、演奏が似ているわけではないが、アラウのドビュッシーにも語り口の妙があって気に入っている。こういうタイプの演奏は聴き疲れしないので、つい繰り返し味わってしまう。

これはドビュッシーの数ある録音の中でもスタンダードに価するものだろう。この名盤を廉価に再発してくれたビクターエンタテインメントに心から感謝したい。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

2011年のディスク十選

昨年は何より震災の年だった。大津波が三陸の町々を見る間に呑み込んでいく映像に震撼しながら、何気ない日常の足元が揺らぐように感じた方も多かったろう。そこですがるように出てきた言葉が「絆」だ。

私のようなクラオタにとって付き合いの長いクラシック音楽もまた日常の一部だが、近頃では、ふと、一素人がこうまで西欧古典音楽(?)に肩入れする「絆」とは一体何なのだろうと思ってしまう。原発事故の影響で多くの演奏家が来日公演をキャンセルするのを横目に少々白けた気分になり、ああ、所詮はクラシック音楽など舶来文化であり、極東の島国との「絆」は意外に薄いのだと思わなくもなかった。

加えて、これまで吟味して買い揃えた録音が箱で投げ売りされているのを眼にし、国内外における音楽団体の乱暴なリストラ策を耳にするに、無常観と言おうか、クラシック音楽自体の行く末さえ案じずにはいられなかった。

その一方で、音楽の普遍的な力に励まされるところも多く、音楽を通じて知り合った方々との「絆」もますます重みを増している。

昨年は特に生演奏の有難味、とりわけ地元に札幌交響楽団がある幸福をしみじみ感じた。震災直後に高関健が指揮したマーラーの交響曲第7番は印象深いものだったし、4月にエリシュカが指揮したドヴォジャークのスターバト・マーテルは奇しくも深い鎮魂の祈りとなった。定期後半の尾高忠明によるベートーヴェン・チクルスは、潔いほどに正攻法に徹したもので、この古典を演奏することは、いまだに大胆な挑戦であり、聴き手にとっても新鮮な体験であることを再認識させてくれた。

無常と普遍の間で揺れた一年。たかが音楽、されど音楽というべきか。生きにくい浮世、音楽に救われている分だけ恩がある。出来る範囲で恩を返していけたらと思う。

さて、以下は遅ればせながら昨年の私的ベスト盤。順不同。旧録音を含み、ここで単発で取り上げたものは除外している。

1.リュリ:『アティス』全曲 
 ヴィレジエ演出、クリスティ指揮、レザール・フロリサン(2011 2DVD)

2.リュリ:『アルミード』全曲 
 カーセン演出、クリスティ指揮、レザール・フロリサン(2008 2DVD)

3.クラウディオ・アラウ/EMI録音集1938-62 (EMI モノラル 12CD)

4.ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第3,13,14,21,23,26,30,32番 
 アラウ( Euroarts 1970,77 2DVD)

5.ベートーヴェン: 交響曲全集
 クーベリック指揮、バイエルン放送響他(DG/TOWER RECORDS 5CD)

6.ワーグナー:『ワルキューレ』全曲 
 クロブチャール指揮、メトロポリタン歌劇場、
 ニルソン、リザネク、ヴィッカーズ、ステュアート、
 ルートヴィヒ、リッダーブッシュ他
 (SONY 1968 モノラル 3CD)

7.マルセル・メイエ/スタジオ録音集成1925-1957 (EMI モノラル 17CD)

8.ヴァインベルグ:弦楽四重奏曲集 第1番、第3番、第10番、狂詩曲、アリア
 ダネル四重奏団(CPO)

9.クルターグ: 弦楽四重奏のための作品集
 アテナ四重奏団(Neos)

10.間宮芳生の仕事 TOKYO Cantat 2011
 ・合唱のためのコンポジション第1番 混声合唱のための(1958)
 ・合唱曲『三色草子』 女声合唱のための(1980)
 ・合唱のためのコンポジション第14番 男声合唱のための(1994)
 ・日本民謡集より
  (御祝/とのさ/雨乞唄/こきりこ/杓子売唄/
   翁舞の唄・囃子/銭吹唄/早念仏と狂い)
 ・合唱のためのコンポジション第9番『変幻』 
   混声合唱・オルガン・2台のハープ・2コントラバスと打楽器のための(1974)
 ・合唱のためのコンポジション第15番『空がおれのゆくところへついてくる』 
   児童合唱・打楽器とピアノのための(2002)
 ・合唱のためのコンポジション第5番『鳥獣戯画』 
   混声合唱・打楽器・コントラバスのための(1966) 
 Choeur Chene、女声合唱団やまねこ、栗友会合唱団、
 むさし野ジュニア合唱団他

番外:Colors From A Giants Kit/Sir Roland Hanna

1)、2)
昨年はフランス・バロックに耽溺し色々と漁ったが、やはり一番の収穫はクリスティ御大のリュリだ。器楽奏者出身の古楽指揮者の多くは、きっちりとアンサンブルを整えた演奏を聴かせるが、クリスティは、それに加え、響きに生々しい感触をもたせながらフレーズを若干引きずるように伸縮させる。これが何とも風雅だ。身体をグーッと張り、パッと解放する、能や歌舞伎の所作などとも通じる身体性が音楽にこもっていて、御囃子にも通じる生理的快感を呼び覚ます。

歌手は特に『アルミード』のタイトルロール、『アティス』のシベルを歌った、ステファニー・ドゥストラックが素晴らしく、舞台映えもする。
演出は共に美しく、安心して観られるもので、特に『アルミード』のロバート・カーセンの演出はアイディアが光る。

なお、現代におけるフランス・バロック・オペラ復興の原点は、1987年に上演されたクリスティの『アティス』である。1)はその24年ぶりの再演で特別な意義をもつ。

3)、4)
昨年はアラウ没後20周年だった。EMIの録音は初期と言うよりも壮年期の録音で、後年の滋味溢れる演奏と異なる味わいがあり新鮮だった。アラウのベートーヴェンが格別なのは無論だが、このDVDでは巨匠の演奏する表情が人間味に溢れてなんとも良く、眼を奪われる。

5)
今更ながら、やはりベートーヴェンは米の飯。廃盤だったのがむしろ不思議な名盤中の名盤を再発したタワーレコードの見識に敬意を表したい。交響曲全9曲を別々のオーケストラで演奏したクーベリックの代表盤で、瑞々しい響きへの志向が貫かれている。ライナーノートのインタビューでクーベリックが、今ではどんな曲でもスコアを読めば頭の中で音を響かせられるが、25歳のときはヤナーチェクが難しかった、と述べているのは興味深い。

6)
往年の貴重な録音。なんという豪華なキャスト! とりわけヴィッカーズのジークムントに痺れた。ライブゆえの傷もあるが、クロブチャールの手練れた指揮が流石で、速めのテンポで重くもたれずに演劇的呼吸を紡いでゆく。

7)
フランスのピアニスト、マルセル・メイエ(Marcelle Meyer, 1897-1958)は、ロン、コルトーに師事し、サティに可愛がられ、プーランクら6人組やピカソ、コクトーと親しく関わり同時代作品をよく弾いた。ラモーやクープランを弾くピアニストのはしりで、タローも傾倒しているそうだ。ディスコフィル・フランセ(Les Discophile Francais)の原盤はマニア垂涎らしいが、EMI録音も含め全て網羅したこの箱は3千円でお釣りがきた。

8)
この秋に来札したダネルSQがアンコールで「アリア」を弾いた。腕は立つが少々癖者の第1Vnマルク・ダネルが、珍しく熱く共感しているのが印象的だった。モイセイ・ヴァインベルグ(Moisei Vainberg、1919~1996)はポーランドに生まれソ連に移った作曲家で、作風は親交があったショスタコーヴィッチにとても近いが苦い諧謔味より内省的な歌心があり叙情的。ダネルSQがヴァインベルクを我が国で演奏するのは、その時が初めてだという。もっと聴かれてもいい作品だと思った。

9)
ハンガリーの現代作曲家、クルターグ・ジェルジュ(1926-)の弦楽四重奏曲集。ベルリンの女性グループ、アテナSQによる演奏。初録音4作品が含まれている。ほとんどが3分にすら満たない短い曲で全体に静謐な雰囲気が漂う。響きに余韻がある美しい演奏だ。クルターグでは他に、イタリアのヴィオラ奏者マウリツィオ・バルベッティによるSigns, Games & Messagesも良かった。

10)
昨年5月すみだトリフォニーホールにおけるライヴ録音。間宮芳生ファンの長年の飢えを満たす2枚組。連作「合唱のためのコンポジション」は全曲録音が欲しい。

番外)
ジャズピアノの巨匠、サー・ローランド・ハナの包容力があるピアノを聴くと、ささくれた気分が落着き、暖かな心持ちになる。最も繰り返し聴いた一枚。

2011best

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

チッコリーニによるモーツァルトのピアノ・ソナタ集

年配の音楽ファンが「齢を重ねるにしたがってモーツァルトへの愛着が深くなった」と語るのをよく耳にする。私はまだそれ程の年齢に達していないが、先日リリースされたアルド・チッコリーニの新譜を聴いて、そんな言葉を思い出した。

モーツァルト:
・ピアノ・ソナタ第11番イ長調 K.331『トルコ行進曲付き』
・ピアノ・ソナタ第2番ヘ長調 K.280
・ピアノ・ソナタ第13番変ロ長調 K.333


 アルド・チッコリーニ(ピアノ/使用楽器:ベヒシュタイン

 録音時期:2011年5月
 録音方式:デジタル
 ※日本語帯・解説つき
  (輸入盤、La Dolce Volta)

ciccolini01


チッコリーニは、若い頃からモーツァルトを得意とし、そのイタリア的に明瞭な響きは、もともとフォルテピアノのために書かれた作品にマッチして魅力的だった。

1953-1956年にEMIに録音したソナタは、チッコリーニの膨大な録音群の中でも初期のものだ。そして、EMIから移籍後の2000-2002年には、ベルギーのマイナーレーベルArcobalenoから2枚をリリースしていた(現在廃盤)。

○EMI録音
・ピアノ・ソナタ第2番ヘ長調 K.280
・ピアノ・ソナタ第9番ニ長調 K.311
 録音:1953年12月8日、パリ、サル・ドゥ・ラ・ミュチュアリテ

・ピアノ・ソナタ第11番イ長調 K.331
・ピアノ・ソナタ第12番ヘ長調 K.332
 録音:1953年12月10日、パリ、サル・ドゥ・ラ・ミュチュアリテ

・ピアノ・ソナタ第4番 変ロ長調 K.282
・ピアノ・ソナタ第7番 ハ長調 K.309
・ピアノ・ソナタ第13番 変ロ長調 K.333
 録音:1956年2月20日、パリ、ステュディオ・アルベール

・ピアノ・ソナタ第15番 ヘ長調 K.533
 録音:1956年2月21日、パリ、ステュディオ・アルベール

○Arcobaleno録音
・幻想曲 ハ短調 K.475
・ピアノ・ソナタ第14番 ハ短調 K.457
・ピアノ・ソナタ第4番 変ホ長調 K.282 (K. 189g)
・ピアノ・ソナタ第5番 ト長調 K.283 (K. 189h)
・ピアノ・ソナタ第7番 ハ長調K .309
・ピアノ・ソナタ第10番 ハ長調 K.330
・ピアノ・ソナタ第11番イ長調 K.331『トルコ行進曲付き』



これらは十分に磨きぬかれた演奏で、これまで愛聴してきたものだが、ベヒシュタインで弾かれた今回の録音は、その丸く柔らかな音色と相まって、85歳(演奏当時)の巨匠が到達した自由で親密な味わいが格別なものとなっている。

何気ないフレーズにも豊かなニュアンスが込められ、自在な響きと語り口の妙、微笑を誘うような遊び心はどこか演劇的だ。しかし、そこには衒いというものが全くない。満員のホールでのリサイタルというより、ごく親しい友人を集めたサロンで弾かれたようなintimateなモーツァルトだ。

チッコリーニは、濁りのない美音と精密なタッチを活かし、カッティングされたクリスタルを思わせるキレを持ち味としてきたが、近年、その芸風は随分マイルドに変化している。それはArcobaleno盤(2002)の『トルコ行進曲付き』と比較してもよく分かる。このような傾向はグリーグの抒情小曲集を録音した5年前位から顕著になってきたように思う。これは老いの影響というより追究してきた表現の深化というべきだろう。そして、その至芸が最も有効に発揮されるのが、長年慣れ親しんだモーツァルトであるように思う。

チッコリーニのモーツァルトでは、2008年7月のフランス、モンペリエにおけるピアノ協奏曲第20番&23番のライヴ録音も素晴らしかった。今回の演奏の特徴は、このライヴ演奏とも通じるものだ。

ciccolini02

今回のCDにはチッコリーニへのインタヴューが邦訳付きで収録されており(機械翻訳のような文章だが、それでも有り難い)、掲載されている巨匠の茶目っ気あふれるポートレートも魅力的だった。

※ところで、いつもつまらないことが気にかかるのだが、チッコリーニは演奏時にも大きな指輪を嵌めている。あれは邪魔にならないのだろうか。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

日没の歌

先日、英EMIがソニーとユニバーサルに分割買収されるとの報道があった。英EMIからは、このところ激安ボックスセットの発売が相次ぎ、これまで1枚1枚吟味して買い揃えていた身としては嬉しいやら悔しいやらだが、どうやらこれは閉店セールだったようだ。そんな中、来年生誕150周年を迎える英国の作曲家、フレデリック・ディーリアス(1862-1934)の全18枚のボックスセットが出た。これも価格は4千円程也。

ディーリアス
ディーリアス生誕150年記念ボックス(18CD限定盤)


ディーリアスは1980年代に「音の詩人ディーリアス」と題された国内盤のLPシリーズが発売され、ちょっとしたブームになった。このシリーズはジャケットがターナーの絵画で統一され、我が国へのディーリアス紹介に力を入れていた三浦淳史氏出谷啓氏による解説も充実していた好企画で、それ以来、私もディーリアスを愛好している。

ヤナーチェク(1854-1928)とほぼ同時代人のディーリアスは、一応英国生まれであるものの両親はドイツ人で、22歳でオレンジ栽培(!)のために米国フロリダに渡り、地元のオルガニストから音楽の手ほどきを受けた後、ライプチヒ音楽院に留学し、その後、フランスに定住したというかなり変わった経歴の持ち主である。英国との関わりは意外に少ないコスモポリタンだが、それでも英国音楽にカテゴライズされるのは、トーマス・ビーチャムをはじめとしてジョン・バルビローリやチャールズ・マッケラス等、英国の音楽家にとりわけ愛され、よく演奏されたからだ。

今回のボックスは、以前LPで発売されたものも含め、英EMIに残されている主要な作品の名演奏を網羅したもので、既に持っているものも多いがCD化を望んでいたものも含まれている。

まだとても聴き切れていないが、私にとって特に思い入れが深いのが、サー・チャールズ・グローヴズ指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルによる『日没の歌』だ。これはLPでよく聴いていたもので、ずっとCDが欲しかった。

日没の歌
Songs of sunset
 ジャネット・ベイカー(メゾ・ソプラノ)
 ジョン・シャーリー=カーク(バリトン)
 リヴァプール・フィルハーモニー合唱団
 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団
 チャールズ・グローヴズ(指揮)


ターナー「日没」

『日没の歌』は世紀末のデカダン詩人、アーネスト・ダウスン(1867-1900)の抒情詩に作曲した連作歌曲集で、三浦淳史氏は「愛の幻滅に寄せる恋する者のレクイエムである。全曲がエレジー風で物思いに沈んでいる。」と評している。原詩は米国のディーリアス愛好家のサイトにアップされている。
http://thompsonian.info/sunset.html

ダウスンは、悲恋と放蕩と貧窮の末、33歳で血を吐いて亡くなった薄幸の詩人で「イングリッシュ・ヴェルレーヌ」と評されて人気を博し、我が国でも平井呈一や、火野葦平、佐藤春夫、西条八十など錚々たる文学者が訳している。映画化されたマーガレット・ミッチェルの小説「風と共に去りぬ」や、やはり往年の名画でその主題曲はスタンダードにもなっている「酒とバラの日々」の題名もダウスンの詩の一節によるという。

このCDを聴くにあたり、久しぶりにLPの対訳を引っ張り出してきた。これは世紀末文学の泰斗、関川佐木夫の訳によるが、とても格調高いものだ。

By the sad waters of separation
Where we have wandered by divers ways,
I have but the shadow and imitation
Of the old memorial days.

悲しき流離の海のほとり
ふたりして 彼方此方(とさまからさま)往きかひし、
いま、われ孤り 年経たり追憶の日々
その影と空蝉を偲ぶのみ。

In music I have no consolation,
No roses are pale enough for me;
The sound of the waters of separation
Surpasseth roses and melody.

楽の音に 僅かなる慰めとてなく
色蒼き薔薇 いまは心を満たさず、
流離の海の高なる潮音
薔薇の旋律(しらべ)を ともに打ち消す。

By the sad waters of separation
Dimly I hear from an hidden place
The sigh of mine ancient adoration:
Hardly can I remember your face.

悲しき流離の海のほとり
かすかにも聴く、見えざる地より
嘗ての日の思慕の呻吟(うめき)を、
面影もほとほと忘れたるに。

If you be dead, no proclamation
Sprang to me over the waste, gray sea:
Living, the waters of separation
Sever for ever your soul from me.

汝(なれ)いまこの世に在らざるも 荒涼はた
灰白の海超え 告知するものとてなし、
汝 生あるとても 流離の海
永久(とこしえ)に 二つの魂(こころ)かき距つ。

No may knoweth our desolation;
Memory pales of the old delight;
While the sad waters of separation
Bear us on to the ultimate night.

何ひとか 我らが悲歌(なげき)を知らむ、
昔(さき)の日の歓喜の記憶 色蒼ざめ、
悠然たる悲しき流離の海
滔々とわれらを運ぶ 窮みなき夜に。
(第5曲より 関川佐木夫訳)


『日没の歌』は合唱付きの管弦楽作品だが、各声部は絡みあうことなく言葉を揃えて詠われ、それに独唱が付いて憂愁を帯びた茫洋たる響きが綿々と続く。他の作曲家なら絶対にこんな作曲はしないだろう。いかにもディーリアスらしい独特の世界で、一度ライヴで聴いてみたいが、編成が大きい割にあまりに地味な作品ゆえに日本で聴く機会はほとんどないだろう。

率直に言っていささか未練たらしく感傷的な詩なわけだが、ディーリアスの音楽はマーラーなどと違って深刻ぶった自己憐憫がない分、聴きやすい。ただ、世紀末デカダンスの毒はある。グローヴズの演奏は温かく柔らかな響きに気品があり、オーケストラの繊細な表情が素晴らしい。また、二人の独唱者が優れており、ジャネット・ベイカーのソプラノは凛とした佇まいの歌唱が寂寥感を醸し出しているし、ジョン・シャーリー=カークの甘美なバリトンは、柔らかな英語の発音が詩情に溢れている。

ディーリアスのダウスンの詩による作品としては、他に『シナラ』という管弦楽付きのバリトン独唱曲があるが、これも切ない傑作だ。「風とともに去りぬ」(Gone With the Wind)という歌詞はこの詩に出てくる。

我が国におけるダウスン研究の第一人者は英文学者の南條竹則氏で、岩波文庫からアーネスト・ダウスン作品集を、集英社新書から評伝「悲恋の詩人ダウスン」を出されている。怪奇幻想文学好きとしては馴染み深い名前であるが、こんな仕事もされているとは。そういえばLPに付された『シナラ』も『アラベスク』も南條氏の訳で、特に前者は南條氏が高校生の頃(!)に訳したものだと三浦氏のエッセイにあった。

ところで一つ面白く思うのは、ディーリアスがヤナーチェクと同じくライプチヒ音楽院に留学していることだ。ヤナーチェクは1879年にライプチヒに入学し、柄にもなくフーガなど書いているが、あまりに保守的な教育内容に嫌気が差し1年あまりで見切りをつけ退学している。ディーリアスも1886年から2年間、ライプチヒで学んだが、やはりそのアカデミイズムには肌が合わなかったのではないか。ヤナーチェクもディーリアスも、その後は当時の潮流に背を向け我流を通したわけだが、その根っこにはライプチヒ時代の苦い体験があったように思われる。ディーリアスもライプチヒでフーガを書いたのだろうか。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

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発話旋律 "Speech Melody"
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チェコ音楽を中心にした音楽雑記帳です。
The blog by the chief manager of Janáček Association Japan
http://twitter.com/#!/janacekjapan

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