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東京交響楽団『ブロウチェク氏の旅』日本初演

先の日曜日、東京交響楽団による『ブロウチェク氏の旅』の日本初演を聴いてきた。

東京交響楽団 第573回 定期演奏会
ヤナーチェク:オペラ「ブロウチェク氏の旅行」
2009年12月6(日) 18:00  サントリーホール

指揮=飯森範親
演出=マルティン・オタヴァ

ブロウチェク: ヤン・ヴァツィーク(Ten)
マザル/青空の化身/ペツシーク:ヤロミール・ノヴォトニー(Ten)
マーリンカ/エーテル姫/クンカ:マリア・ハーン(Sop)
堂守/月の化身/ドムシーク:ロマン・ヴォツェル(B.Br.)
ヴュルフル/魔光大王/役人:ズデネェク・プレフ(Bass)
詩人/雲の化身/スヴァトプルク・チェフ/ヴァチェク:イジー・クビーク(Br)
作曲家/竪琴弾き/金細工師ミロスラフ:高橋 淳(Ten)
画家/虹の化身/孔雀のヴォイタ:羽山晃生(Ten)
ボーイ/神童/大学生:鵜木絵里(Sop)
ケドルタ:押見朋子(Alt)

ヤナーチェク:オペラ『ブロウチェク氏の旅行』
第1部 ブロウチェク氏の月への旅
第2部 ブロウチェク氏の15世紀への旅
(日本初演、セミ・ステージ形式、チェコ語上演、字幕付)

東京交響楽団は1997年以来、2年毎に定期でヤナーチェクのオペラを取り上げ、今回は『利口な女狐の物語』、『カーチャ・カバノヴァー』、『死者の家から』、『マクロプロスの秘事』に続く5回目。当会の発足メンバーが集まったのが初回『女狐』の後で、以来、当会はこのチクルスに合わせて対訳解説書を刊行してきた。まさに当会の歩みは東響と共にあり、個人的にも思い入れが深い。

ヤナーチェクの響きは、CDで聴き込んでいたとしても、実演で驚かされることが多く、これまでも様々な発見があった。今回の『ブロウチェク』は、このチクルスの中でも特に充実した内容で収穫が多かった。

今回のポイントは3つ。
作品の特異性、演奏の至難さ、そして音楽自体の喜劇性だ。

当会の対訳解説書でピアニストの赤堀春夫氏が分析している通り(”『ブロウチェク氏の旅』の鏡像世界”参照)、この曲は短いモチーフを反復・変形させることで響きにモザイクのようなグラデーションを与えながら、きわめて緻密でユニークな音楽を構築している。

こうした独特の作曲法はイェヌーファ以降の作品に共通するが、ヤナーチェクはこれを喜劇という枠で徹底的に活用した。『フィガロの結婚』第2幕や『薔薇の騎士』第3幕でコミカルなドタバタを維持するため、矢継ぎ早に展開が繰り出されるように、この作品でも凝った管弦楽が耳を常にくすぐり、ちぐはぐな対話を力技で聴かせてしまう。

これは実に楽しい! だが、オケにとっては拷問に近いものだろう。特に第1部では一瞬たりとも気が抜けない。ブロウチェク氏でなくとも「狂ってる!」と叫びたくなる。マッケラス卿が録音を避けたのも、むべなるかな。『利口な女狐』や『死者の家』にはこれに近いテンションの持続があるが、それでももう少し短く、演奏者への配慮があるように思う。ストラヴィンスキーが傑作バレエ『結婚』を書いた後、路線転換したように、さすがのヤナーチェクもこの先を突っ走るわけにはいかないと思ったのではないか。

兎の穴に落ちたアリスのように、ブロウチェクは月世界と15世紀にトリップする。第1部「月への旅」の奇妙な月世界人は、高尚ぶった”友愛”の種族だが、実は中身が空っぽ。これは当時の似非インテリへの諷刺だろう。例えば、洗練された形式を誇る詩人の作品は次のとおり。

雲の化身
 創造物すべてへの愛をこめ,青空に黄金の太陽が輝く,大昔から。
 万能の芳香に力づけられ,花の露は静かにしたたる, 大昔から。
 うっとりする花の香は,静かな感謝の気持で上がりくる,大昔から。
 岩肌と地殻の下で,永遠の火は精をつけている,大昔から。


つまり同じ言葉で韻を踏むヘッポコなもの。
この荘重ぶった歌にもヤナーチェクはとてもヘンテコな音楽を付けている。

そして、空腹にたまりかねたブロウチェク氏が、隠れてソーセージを食べると、花の香を嗅ぐことで生きている月世界人たちは一斉に彼を非難する。

芸術家たち
 ひどい,ひどい!

ブロウチェク(激怒して)
 ただの豚肉さ,細かく刻んで,腸詰めにされた・・・ それは・・・

神童
 豚肉・・・ 細かく刻まれ・・・ 腸詰めにされた・・・ それは・・・

エテレア(飛びこんできて,ブロウチェクの周りで激しく踊る)
 あなたはあたしにとって,中国人にとっての茶よりも大事な花!
 そのことを竪琴と黄金の提琴の調べに託す,
 エテレアは永久にあなたのものと!


この、おバカなエテレアの登場には思わず噴き出した。それはナンセンスな台本に、音楽の唐突な転換が噛み合っているからだ。字幕から必死に筋を追っている方々に同情しつつ、腹の底から笑いがこみあげてきた。私は、この作品について音楽の魅力はともかく、喜劇としては既に賞味期限切れと考えていたが、どっこい、しりあがり寿の漫画のような味がある。

この難物を日本初演するにあたり、東京交響楽団は相当入念に準備したのだろう。合唱団が暗譜で歌っていたことなど、その苦労は随所に表れていた。

主要キャスト3人は、昨年発売されたビエロフラーヴェク指揮BBC響のDG盤と重複している(ヤン・ヴァツィーク、マリア・ハーン、ズデネェク・プレフ)。このくすぐるようなオケにのせて早口の歌唱をこなすのは大変で、特にテノールは高域が殺人的にきつい。チェコ人歌手だからといって誰にでもできる役ではないだろう。この日のキャストは、現在、この作品で望みうる最高の歌手を選り抜いたといえる。羽山晃生、鵜木絵里、押見朋子など端役に至るまで実力派を揃えたことからも万全の布陣がうかがえる。

ブロウチェク役のヤン・ヴァツィークは力強い声から、巧みな台詞回し、メタボな風貌まで役柄ぴったりで、抜群の安定感があった。そして、何といってもマーリンカ役のマリア・ハーンのしっとりした声と歌唱に魅せられ、すっかりファンになった。ブロウチェクにまとわりつくエテレア姫は頓珍漢なキャラだが、小アリアのような聴かせどころが多い。ハーンは、ヤナーチェクを得意とするとのことで、もっと色々聴いてみたい。我が国最高の曲者テノール、高橋淳はいつもながら素晴らしく、混乱が頂点を極める月世界からの離脱の場面のソロは圧巻だった。

指揮者の飯森範親は、細かくテンポを調節しながら、心地よい流れをもって非常に面白く聴かせた。『ブロウチェク』や『マクロプロス』のような難物を、これだけの安定感で聴かせるのは大変な事だと思う。この人のオケをさばく能力は尋常ではない。

そして、何といってもオケが最高に健闘した。目まぐるしい展開の中でも、萎縮することなく細部まで良く鳴っていて、響きには迫力と潤いがあり、劇的なコントラストが生きていた。例えば混乱の中、ブロウチェクが帰還した時のしっとりとした間奏の美しさ。管楽器は特に緊張の連続だったと思う。これも一朝一夕ではない、長年蓄積したヤナーチェク演奏の成果が現れていたと思う。

ただ残念なことに字幕は非常に分かりにくかった。
特に第2部「15世紀への旅」は、フス戦争時代に迷い込んだブロウチェク氏が敵前逃亡で処刑されそうになるというだけの話だが混乱をきたしていた。歴史的背景を踏まえ、意訳してでも聴き手の理解に配慮すべきだった。

例えば、フス派の兵士たちが十字軍を反キリスト呼ばわりするのに戸惑った方もいるだろう。これはカトリックが、異端のフス派を討伐するため十字軍を差し向けたためだ。

また、学生が兵士と教条問答する中、ターボル派を非難する場面がある。『我が祖国』にも登場するターボルとは、急進派のフス教徒が立て籠った城砦都市で、これは当時フス派の中でも、穏健派のカリックス派と、急進派のターボル派との間に対立があったことを背景としている。

そしてヤンという名前が何度か出てくるが、宗教改革者ヤン・フス、フス派の英雄的な将軍ヤン・ジシカ、説教師ヤン・ロキツァナ、フス派の指導者ヤン・ジェリフスキーが混同されている。フスは火刑に処されたはずなのに、と思うと混乱するだろう。

もちろん、こんなことを知らなくとも鑑賞に支障はないが、戸惑った方もいたと思う。

サントリーホールは、ほぼ満席。これだけ手間がかかった上演ならば『マクロプロス』と同様、二晩あってもよかった。ともあれ世界的にも上演機会がきわめて少ないユニークな傑作の日本初演が成功したことを喜びたい。おかげさまで当会の対訳解説書の会場販売も好調だった(刊行が間に合って良かった!)。東京交響楽団の関係者の皆様には心から感謝の意を表したい。

さて、これで東響のチクルスは終了だろうか。可能であれば2年後『運命』か『シャールカ』での再会を期待したい。当会の対訳解説書は、これでひとまず主要作品を網羅したが、晩年に改訂した処女作オペラ『シャールカ』も捨てがたい逸品だ。既に関根先生は、対訳、解説を仕上げ、やる気満々。ここまできたなら世界初のオペラ全集刊行まで漕ぎつけたいのだが。
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