スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『ジュリエッタ』からの3つの断章

スメタナ、ドヴォジャーク、ヤナーチェクに続くチェコ第4の作曲家と呼ばれ、近年、人気が高まっているボフスラフ・マルチヌー〈Bohuslav Martunů 1890-1959〉の没後50周年を記念し、日本マルチヌー協会が、今月13日に特集演奏会を開催した。以下、当日配布された冊子に寄稿したものです。

****
かれこれ10年近くも日本マルチヌー協会に在籍していながら,マルチヌーにはドヴォジャークやヤナーチェクほど馴染めないでいる。チェコ音楽マニアの端くれとして,これまでも何度も攻略を試みたのだが,優れて精巧な音楽であることは認めつつも,今一つ腑に落ちないのだ。「僕は,どうもまだマルチヌーがピンとこなくて。」と関根先生に弁解するたびに,「えー,君,まだ分からないの!?」と呆れられている。

それにしてもヤナーチェクとマルチヌー,共にチェコ出身ながら,これほど対照的な個性はないだろう。前者が,生涯のほとんどをブルノで過ごした地方主義者で,唯我独尊,自らの道を追求したならば,後者はスマートなコスモポリタンで,フランス音楽の影響が濃い作風はいささか折衷的。前者の音楽が声と言葉をベースにし,その流れは不均一で,生々しい情念に集中するならば,後者のベースは器楽であり,音楽は均一的に流れ,メカニカルな運動性を嗜好して発散していく。大雑把だがこんな印象があり,ヤナーチェク好きには意外に取っ付き難く思われるのだ。

それでも近頃はオペラ『ジュリエッタ』を興味深く聴いている。というのも,この作品では,取りとめなく思われたマルチヌー節がシュールなドラマと上手く噛み合い,私にも取っ付き易かったからだ。

きっかけは今年6月にリリースされたマッケラス指揮チェコ・フィルによるCDで,『ジュリエッタ組曲』(ズビネェク・ヴォストジャーク編曲,1969)と『ジュリエッタからの3つの断章』が収録され,詳細なライナーノートが添付されている。演奏は,マッケラスらしい機敏で活力あるリズムとチェコ・フィルの色彩感が活きた,よく行き届いたもので,歌手たちもタイトルロールのコジェナーをはじめ,みな雰囲気豊かな歌唱を聴かせてくれる。

ジュリエッタ


・歌劇『ジュリエッタ』組曲~大オーケストラのための H. 253B  
・歌劇『ジュリエッタ』からの3つの断章 H.253A(1939)[フランス語歌唱]

 「森の場面」「記憶の場面」「第3幕のフィナーレ」

 マグダレナ・コジェナー(Msジュリエッタ)
 スティーヴ・ダヴィスリム(Tミシェル)
 フレデリク・ゴンサルヴェス(Bs-Br)
 ニコラ・テスト(Bs)
 ミシェル・ラグランジュ(Ms)
 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
 サー・チャールズ・マッケラス(指揮)
 SU3994 Supraphon

このオペラは,フランスの劇作家ジョルジュ・ヌヴーによるシュールレアリズム劇「夢の鍵」に基づいており,この劇は後年,映画化もされている(マルセル・カルネ監督,ジェラール・フィリップ主演『愛人ジュリエット』,1951年)。もっとも,映画の方は青髭伝説にもからめオペラとは少々違った筋立てになっているが。

あらすじは,夢と現実,現在と過去が交錯する奇妙なもの。セールスマンのミシェルは,ある港町を訪れ,かつて歌声を耳にした女性,ジュリエッタを探す。この町の住人は,みな記憶を喪失しており,過去を観る占い師や記憶の売人がいる。ミシェルはジュリエッタと再会し恋に落ちるが,記憶が混乱する中,ささいなことで彼女を射殺してしまう。その後,彼は”夢役場”を訪れ,ドアの向こうに彼女の声を聴くが,そこには誰もいない。彼が愛の言葉を口にすると,夢は覚め,最初の場面に戻る。

マルチヌーは,この作品について「この作品の物語は現実でも幻想でもない,その狭間で起こるため,現実的な事はみな虚構的な一方,虚構的な事は現実的な様相を帯びている。」(1947,ニューヨーク)と述べている。音楽は,マルチヌー独特のチャカチャカと反復するフレーズと,色彩的なオケの響き,そして,時折現れるしっとりとシンプルなメロディが,眩暈を起こさせるような宙吊り感を効果的に高めている。

『ジュリエッタ』は,1937年にパリで作曲され,翌年プラハでヴァーツラフ・ターリヒの指揮により初演された。台本は作曲者自身がチェコ語に翻訳した。多作家のマルチヌーは16本ものオペラを残しているが,この作品への愛着は特に深く,その後,何度も編曲・引用を試みている。

その最初のものは第2幕3場のピアノ版(H253C)である。これはプラハ初演を観たピアニストのルドルフ・フィルクシュニーが,ピアノ伴奏のみの場面を気に入り,親交の深かった作曲家に依頼し,小品にしてもらったもので,フィルクシュニーはしばしばこれをリサイタルで取り上げた。

プラハ初演後,マルチヌーは再演の機会がないのを惜しみ,この自信作が国際的に受容されるようフランスでのラジオ放送を画策して,仏語版の抜粋『ジュリエッタからの3つの断章』を作成した。しかし,緊迫した時局の中,この企画は実現せず,お蔵入りになってしまう。

1941年,マルチヌーは,ナチスのパリ侵攻を前に,パリでの生活機材をほとんど残し,着の身着のままで米国へ逃れた。その際,『ジュリエッタからの3つの断章』の草稿も紛失してしまう。

だが,彼の『ジュリエッタ』への執着は,その後も続き,1953年にボストン響の委嘱により作曲された最高傑作,交響曲第6番「交響的幻想曲」(H353)の第3楽章には,このオペラの第2幕が14小節に及び引用されている。

彼が切望した『ジュリエッタ』の再演は,初演から21年目の1959年1月にドイツのウィースバーデンにあるヘッセン州立劇場で実現する。そして,その7ヶ月後の同年8月,マルチヌーはスイスのリースタールのサナトリウムで68歳の生涯を閉じる。

『ジュリエッタからの3つの断章』の草稿は,近年発見され,昨年の12月11日にようやく世界初演された。このCDに収録されているのは,その時の模様である。

このような経緯を知ると,記憶が混乱する中,夢か現かわからない女性を追うミシェルと,大戦によりヨーロッパで築いた基盤を喪失した後も『ジュリエッタ』に執着しつづける作曲家が重なってくる。マルチヌーと同様,バルトークやシェーンベルク,コルンゴルト等も米国へ亡命したが,彼らは皆,自らの拠り所への喪失感を抱いていた。これはドヴォジャークが感じた望郷の念とは異なるものだったろう。彼らの故郷はもはや過去の記憶の中にしかないのだから。そう考えると記憶喪失者が過去を占い,記憶を買おうとするのは,なかなか深いアレゴリーのように思える。『ジュリエッタ』のユニークな幻想味は,まさに20世紀的と言えるのかもしれない。

※本CDは、英国のレコード賞、グラモフォン・アウォーズ2009リサイタル部門を受賞した。
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

プロフィール

Pilsner

Author:Pilsner
発話旋律 "Speech Melody"
日本ヤナーチェク友の会公式サイト管理人Pilsnerのブログ
チェコ音楽を中心にした音楽雑記帳です。
The blog by the chief manager of Janáček Association Japan
http://twitter.com/#!/janacekjapan

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

Visitors
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。