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ヤナーチェクの秘蔵写真

先日からブルノより取り寄せたLEOŠ JANÁČEK IN PHOTOGRAPHS(ヤナーチェク写真集成)の頒布販売を始めている。

本書はモラヴィア博物館が昨年のアニヴァーサリーを記念して刊行したもので、ハードカバー、全407ページからなり、解説索引も充実した相当立派なものだ。内容は、主に撮影された場所(ブルノ、フクワルディ、プラハ、スロヴァキア、イギリス、ドイツ等)毎に章立てられてており、公私に撮影された195枚の写真に家族等の写真を加えた合計243枚が収録されている。ヤナーチェクは、若い頃からチェコ人コミュニティのリーダーとして活躍し、交遊も幅広く、また様々な逸話を残すほど個性が強烈だったため、写真やカリカチュアが数多く残されており、既に多くが文献やプログラム等で紹介されていた。しかし、本書には私が初めてみる写真も数多く収録されていた。
ここではその一部を紹介しよう。


写真01
これは1922年にモラヴィア作曲家協会のメンバーとともに自宅の前で撮った写真である。最後列の左側から音楽学者ルドヴィーク・クンデラと高弟のブチェティスラフ・バカラ。窓から覗いているのは妻のズデンカである。ルドヴィーク・クンデラは音楽学者で、作家ミラン・クンデラの父。バカラの写真は、妻のズデンカ、娘のオルガ、愛人のカミラについで多く残されており、非常に可愛がられていたことが分かる。後年の温厚な紳士としてのポートレートに比べると、若い頃のバカラは、機転が利き愛嬌がある若者という印象だ。


写真02
これは、1917年6月22日プラハ国民劇場のメンバーがブルノを訪問した折に、ホテル前で撮ったもの。左から2人目、ヤナーチェクの傍らで彼と腕を組む人物が、指揮者、作曲家のカレル・コヴァジョヴィツ(1862-1920)。当時のプラハ音楽界の実力者である。ヤナーチェクは彼の作品を辛辣に批評したため恨みを買い、プラハにおける『イェヌーファ』の上演を13年間に渡って拒否された。しかし、友人の仲介により両者は和解し、この写真の前年、コヴァジョヴィツの指揮と作品の一部改訂によりプラハ初演が実現する。

プラハの大物がブルノの「新進作曲家」の腕をとり余裕の表情、対するヤナーチェクの表情は硬く複雑だ。ヤナーチェクが晩年の「ミューズ」、カミラ・ステッスロヴァーと知り合ったのはちょうどこの頃である。


写真03
1926年に撮られたカミラ・ステッスロヴァーとのポートレート。これは比較的有名なもの。当時ヤナーチェクは72歳、カミラは35歳。彼女との写真は多いが、正直、どれからもヤナーチェクが夢中になったという美貌は感じられなかった。


写真04
1928年にチェコスロヴァキア展のために制作されたブルノベゼダのフィルハーモニー協会のタブロー。右上に指揮者としてヤナーチェクの写真が、周囲には演奏曲目が掲載されている。ヤナーチェク、ドヴォジャーク、ノヴァーク等のほか、フランクやベルリオーズの名前も見える。


ヤン・マサリク、アルフォンス・ミュシャ、オットー・クレンペラー、ヘンリー・ウッド等、著名人との写真も多いが、残念ながらマックス・ブロート、パヴェル・ハース、チャペック兄弟との写真はなかった。

本書の取り寄せに際しては、チェコ在住の友人P氏の仲介を通じ、モラヴィア博物館が特別な御厚意により海外発送して下さった。改めて感謝したい。
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