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札響、春のエリシュカ祭2009

エリシュカ札響200904
札響のシーズン幕開けはエリシュカでというのが定番になったようだ。私の知人曰く「春のエリシュカ祭」。私は昨年同様2日間にわたり聴き、道外勢も含めた数名の当会会員がKitaraに駆けつけた。

●札幌交響楽団 第518回 定期演奏会

日時:2009年4月 17日(金)19:00、18日(土)15:00
会場:札幌コンサートホールKitara

プログラム:
 ヤナーチェク/組曲「利口な女狐の物語」(ターリッヒ編)
 モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K.216
 ドヴォルジャーク/交響曲第7番ニ短調op.70

指揮:ラドミル・エリシュカ(首席客演指揮者)
独奏:木嶋 真優(ヴァイオリン)
札幌交響楽団


今回は特に札響の成長が印象的だった。数年前まで札響といえば弦の響きが薄く、mp~mfならば綺麗だがどことなく受動的でパンチに欠け、強奏時には痩せた弦から管のひしゃげた音が突き出すという不満があった。しかし、このところ弦(特に低弦)がぐっとヴォリュームを増し、管も余裕ある響きになってきた。そのため、オケはより幅広い表現力を獲得しつつあり、今回の難かしいプログラムでは、その成果を十分に証明した。

例えば『利口な女狐の物語』組曲。これはヤナーチェクの同名のオペラの第1幕をそっくりターリヒが管弦楽版に編曲したもので、場面が細かく転換する多彩な曲である。エリシュカは相変わらず端正な棒で音楽を丁寧に引き締めていくが、特段ドラマチックに演出する訳でなく、あくまで自然な流れ。ここまでは予想通りなのだが、今回驚かされたのは、オケの響きに厚みが増し重心が安定したことで、音楽にパースペクティヴな広がりが感じられるようになった。各楽器が混じり合わずに絡み合う精妙な響きは、以前の札響ならばスカスカになったかもしれないが、今回はkitaraの優れた音響も活き、しっとりとした空気感を醸し出していた。2曲目の女狐がまどろむ場面の間奏の盛り上がりは特に感動的で、大きな響きに包まれる幸福を感じた。金管の響きに詩情が感じられたことは特筆したい。

そして、札響の持てる力は、大変な難曲であるドヴォジャークの交響曲第7番でさらに徹底して発揮された。この曲は、ドヴォジャークの作品の中でも特異な性格を備えている。陰鬱で思い詰めたような表情は、時折ゆるんだとしても不穏な気分から解放されることなく、全楽章にわたって胸苦しい程の切迫感が支配している。ドヴォジャークらしい歌謡的な叙情性は後退し、『運命』のようなくどい位に筋肉質な音楽が続く。何故、彼は6番と8番の間にこんな厳しい曲を書いたのだろう。

エリシュカは、職人的な手つきでこの曲のリズミカルなエッジを丁寧に研ぎ澄まし、きっちりアクセントを付けていく。情緒的な感情移入とは無縁のそっけなく武骨なやり方だが、かえってパセティックな表情がキリリと深まるのが印象的だった。弦の刻みはザックリと重みがあり反応が良い。例えば、終楽章の主要主題がティンパニの導入とともにトゥッティで切り込んでいく箇所の弾むようなメリハリ具合など胸がすく。こういった彫りの深い表現が、音楽のテンションをどんどん盛り上げていく。

おそらく以前の札響なら指揮者はここまで要求できなかっただろう。しかし、今の札響なら"Yes, We Can !"だ。指揮者は躊躇うことなくアクセルを踏み込み、そのため1日目では若干飽和気味なところもあった。しかし、最後にはブレイクスルーを遂げ、特に2日目の終楽章は最高の出来、そのコーダは圧巻だった。私は、この曲を4種類の録音(ターリヒ/チェコpo、シェイナ/チェコpo、ノイマン/チェコpo、ペシェク/ロイヤルリバプールpo)で聴いてきたが、これらの優れた演奏と比べても遜色ない構成感、説得力があった思う。

もちろん課題もある。例えばスケルツォ。これをチェコ風に奏でるのは本当に難しく、まだまだ硬く感じられたし、木管の音色にはもっと繊細さが欲しい。もっとも、それもチェコフィルなどと比べてのことだ。綺麗事にとどまらずに音楽を奏でるオケの集中力と気迫は十分に伝わってきたし、なにより日本のオケからチェコ風味がするのは素晴らしい。機能的なオケのそつのない演奏より、こういうライヴこそ私は聴きたいと思う。

ともかく私にとって何より収穫だったのは、7番の魅力をきっちり教わったことだ。これは密度が高すぎて聴くにも演奏するにも難しい曲だが、一度好きになると病みつきになる(まだ終楽章の主題が頭の中を回っている気がする)。6番とともにドヴォジャークの最高傑作で、もっと演奏されてよい。かなうことなら、再度、エリシュカ&札響の組み合わせで聴いてみたい。

また、これまで聴いたエリシュカの演奏は瑞々しい叙情性や色彩感が主な魅力だったから、今回のような厳しい筋肉質の音楽への適応は興味深かった。これを聴いて、ドヴォジャーク以外にもベートーヴェンの『英雄』やブラームスの4番あたりを聴いてみたいと思った。

木嶋真優をソリストに迎えたモーツァルトは率直に言って味気なく退屈だった。この責任は当然、指揮者が負うものとはいえ、原因を彼のオールド・ファッションな演奏スタイルに帰すべきではないだろう。なぜなら、昨年の伊藤恵との共演では薫るようなモーツァルトを聴かせたのだから。木嶋は流暢なテクニックを備え、軽やかに明るい美音はモーツァルトにふさわしいはずだったが、歌い口が平板過ぎて、共演するオケと没交渉な印象を受けた。技巧を凝らした自作のカデンツァも力の入ったものだったが、どういう訳かオケとソリストは最後までちぐはぐだった。

エリシュカの札響への客演はこれで3度目となった。2006年冬の初顔合わせから比べると両者の絆は格段に強まり、昨年9月の尾高忠明の『ピーター・グライムズ』を経て技術的にも一皮むけた札響は、指揮者の要求により深く応えられるようになった。それにつれてエリシュカもより高いものを求めるようになったといえる。次は10月の『我が祖国』である。2月のN響とはまた違った個性の名演を期待したい。
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