読売日本交響楽団による「運命」
1998年に当会が発足以来、ヤナーチェクのオペラの国内上演が相次ぎ、それに合わせて対訳解説書を刊行してきました。まるで毎年、今年は 「イェヌーファ」、今年は「女狐」、という具合に御題が与えられているようなのですが、ヤナーチェク・イヤーの2004年はなんと「運命」です。
この「運命」は、相当マニアックなオペラで、本国チェコですらあまり演奏されることがありません。このオペラの筋は、若き日に愛し合いながらも親の反対で別 れた作曲家ジブニーと令嬢ミーラが数年後に再開し一緒になるが、作曲家との結婚を反対するあまり狂ってしまったミーラの母がミーラを道づれに無理心中、ジブニーはその体験を基に結末のないオペラを書くという、はっきり言って支離滅裂なものです。そのため、ヤナーチェクのオペラ作品の中でも一段低い扱いを 受けていて、正直、私もそんな印象を持っていました。しかし、今回、読売日本交響楽団がヤナーチェクフェスティバルの一環として行った本邦初演により、このオペラの叙情性、幻想性を発見できたのは何より収穫でした。
○10月18日(月) サントリーホール
読売日本交響楽団 第431回演奏会
指揮:ゲルト・アルブレヒト
ジヴニー:ルドヴィット・ルーダ(テノール)
ミーラ:リヴィア・アーグ (ソプラノ)
ミーラの母:坂本 朱 (メゾ・ソプラノ)
スダ博士:中鉢 聡 (テノール)
ルホツキー:三原 剛 (バリトン)
ドウベク/フラーズダ:高橋 淳 (テノール) ほか
合唱ほか:藤原歌劇団
副指揮:城谷 正博
合唱指揮・副指揮:佐藤 宏
コレペティートル:大藤 玲子、戸田 光彦
休憩を挟まない演奏会形式による演奏。アルブレヒトは、このユニークなオーケストレーションの音楽を手堅く処理して、瑞々しく美しい音楽を聴かせてくれました。読売日本交響楽団は潤いのある響きが魅力的でしたが、管楽にアンサンブルの乱れが目立ったのは少々残念でした。私に技術的なことはわかりませんが、これは多分、前のめりなヤナーチェク節に慣れないからでしょう。
ルーダは、モノローグが多く、技術的にも難しいジブニー役を端正で安定感のある歌唱で聴かせましたが、少々声に伸びが不足していて表現の幅が 狭くなってしまったのが惜しまれます。ミーラ役のアーグは、同郷の名歌手ルチア・ポップを彷彿とさせる声質・風貌で魅力的な歌唱を聴かせ、特に1幕のアリ アは美しいものでした。日本人の歌唱陣は大健闘。歌手、合唱ともに満足いく出来でした。特にミーラの母役の坂本さんの深々と拡がりのある声の凄み、フ ラズーダ役の高橋さんの爽やかな美声が印象に残りました。
それにしても、今回つくづく感じたのは、このオペラの一風変わった魅力。旋律豊かで決して晦渋な音楽ではないのだが、どうもとらえどころがない。しかし、ヤナーチェクの作品の中でも独特なテイストを備えた作品だけに、一度ハマると思い入れが強くなるような大人の音楽といえるでしょう。
このオペラが厄介なのは、なにより居心地の悪い台本のためです。主要な役であるジブニーもミーラも、過去への悔恨に囚われ、 それぞれ殻に包まれているようで、互いに交渉することがありません。脇役や合唱も 背景を描写するにすぎず、ドラマの盛り上げにはほとんど寄与していない。そして2幕の悲劇もあまりに唐突で、「結末のない」終幕には唖然とするばかり。前作の「イェヌーファ」が、登場人物間の感情と利害をすみずみまで緊密に絡み合わせたドラマチックな作品だったことを考えると、これは随分不思議なことだと思っていました。
しかし、今回、「運命」の実演に接し、このような劇的な”欠陥”はリアリズムに背を向けるようあえて意図されたもののように感じました。苦いモノ ローグばかりの音楽は全体的に、「カーチャ・カバノヴァー」でヒロインが鳥になる夢を語る場面のような幻想味を備えていて、オケの響きもそのような 雰囲気に応じたユニークで精妙極まるものでした。これは録音では気づかなかったことです。
私が特に好きなのは、1幕の終わり、ミーラがジブニーとの離別の思い出を語る音楽。良家のお嬢様であるミーラが恋人の面影を求めてあてもなく追っていく。劇的には全然リアリティがないのだが、素朴でしっとりとした旋律の歌が美しく、オケの響きにも陶然としてしまいます。
なるほどこれは失敗作ではなく意欲的な実験作なのだとようやく私なりに納得できました。
「運命」はもっと演奏されていい傑作でしょう。音楽の魅力は無論のこと、オペラの枠を超えた断片的な心理劇は野心的な演出家の想像力を掻き立てるに充分なものだと思います。演奏会形式で十分なので機会があれば是非また実演に接してみたいものです。
最後にヤナーチェクのアニバーサリーに記念碑的な公演をしてくださった読売日本交響楽団および関係者の皆様、本当にありがとうございました。対訳解説書編集においても大変お世話になりました。改めて御礼を申し上げます。
※なお、本公演の模様は日本テレビが来年7月に放映予定とのことです。
この「運命」は、相当マニアックなオペラで、本国チェコですらあまり演奏されることがありません。このオペラの筋は、若き日に愛し合いながらも親の反対で別 れた作曲家ジブニーと令嬢ミーラが数年後に再開し一緒になるが、作曲家との結婚を反対するあまり狂ってしまったミーラの母がミーラを道づれに無理心中、ジブニーはその体験を基に結末のないオペラを書くという、はっきり言って支離滅裂なものです。そのため、ヤナーチェクのオペラ作品の中でも一段低い扱いを 受けていて、正直、私もそんな印象を持っていました。しかし、今回、読売日本交響楽団がヤナーチェクフェスティバルの一環として行った本邦初演により、このオペラの叙情性、幻想性を発見できたのは何より収穫でした。
○10月18日(月) サントリーホール
読売日本交響楽団 第431回演奏会
指揮:ゲルト・アルブレヒト
ジヴニー:ルドヴィット・ルーダ(テノール)
ミーラ:リヴィア・アーグ (ソプラノ)
ミーラの母:坂本 朱 (メゾ・ソプラノ)
スダ博士:中鉢 聡 (テノール)
ルホツキー:三原 剛 (バリトン)
ドウベク/フラーズダ:高橋 淳 (テノール) ほか
合唱ほか:藤原歌劇団
副指揮:城谷 正博
合唱指揮・副指揮:佐藤 宏
コレペティートル:大藤 玲子、戸田 光彦
休憩を挟まない演奏会形式による演奏。アルブレヒトは、このユニークなオーケストレーションの音楽を手堅く処理して、瑞々しく美しい音楽を聴かせてくれました。読売日本交響楽団は潤いのある響きが魅力的でしたが、管楽にアンサンブルの乱れが目立ったのは少々残念でした。私に技術的なことはわかりませんが、これは多分、前のめりなヤナーチェク節に慣れないからでしょう。
ルーダは、モノローグが多く、技術的にも難しいジブニー役を端正で安定感のある歌唱で聴かせましたが、少々声に伸びが不足していて表現の幅が 狭くなってしまったのが惜しまれます。ミーラ役のアーグは、同郷の名歌手ルチア・ポップを彷彿とさせる声質・風貌で魅力的な歌唱を聴かせ、特に1幕のアリ アは美しいものでした。日本人の歌唱陣は大健闘。歌手、合唱ともに満足いく出来でした。特にミーラの母役の坂本さんの深々と拡がりのある声の凄み、フ ラズーダ役の高橋さんの爽やかな美声が印象に残りました。
それにしても、今回つくづく感じたのは、このオペラの一風変わった魅力。旋律豊かで決して晦渋な音楽ではないのだが、どうもとらえどころがない。しかし、ヤナーチェクの作品の中でも独特なテイストを備えた作品だけに、一度ハマると思い入れが強くなるような大人の音楽といえるでしょう。
このオペラが厄介なのは、なにより居心地の悪い台本のためです。主要な役であるジブニーもミーラも、過去への悔恨に囚われ、 それぞれ殻に包まれているようで、互いに交渉することがありません。脇役や合唱も 背景を描写するにすぎず、ドラマの盛り上げにはほとんど寄与していない。そして2幕の悲劇もあまりに唐突で、「結末のない」終幕には唖然とするばかり。前作の「イェヌーファ」が、登場人物間の感情と利害をすみずみまで緊密に絡み合わせたドラマチックな作品だったことを考えると、これは随分不思議なことだと思っていました。
しかし、今回、「運命」の実演に接し、このような劇的な”欠陥”はリアリズムに背を向けるようあえて意図されたもののように感じました。苦いモノ ローグばかりの音楽は全体的に、「カーチャ・カバノヴァー」でヒロインが鳥になる夢を語る場面のような幻想味を備えていて、オケの響きもそのような 雰囲気に応じたユニークで精妙極まるものでした。これは録音では気づかなかったことです。
私が特に好きなのは、1幕の終わり、ミーラがジブニーとの離別の思い出を語る音楽。良家のお嬢様であるミーラが恋人の面影を求めてあてもなく追っていく。劇的には全然リアリティがないのだが、素朴でしっとりとした旋律の歌が美しく、オケの響きにも陶然としてしまいます。
なるほどこれは失敗作ではなく意欲的な実験作なのだとようやく私なりに納得できました。
「運命」はもっと演奏されていい傑作でしょう。音楽の魅力は無論のこと、オペラの枠を超えた断片的な心理劇は野心的な演出家の想像力を掻き立てるに充分なものだと思います。演奏会形式で十分なので機会があれば是非また実演に接してみたいものです。
最後にヤナーチェクのアニバーサリーに記念碑的な公演をしてくださった読売日本交響楽団および関係者の皆様、本当にありがとうございました。対訳解説書編集においても大変お世話になりました。改めて御礼を申し上げます。
※なお、本公演の模様は日本テレビが来年7月に放映予定とのことです。
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