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エリシュカ&札響との10年

チェコ音楽マニアを自認しているのだが、当会会員のKさんから「ラドミル・エリシュカという指揮者を知っているかい?」と聞かれた時には、その名前すら耳にしたことがなかった。ネットで検索してもほとんど情報がない、目ぼしい録音も見つからない。小国チェコにそんな大指揮者が埋もれているとは信じられなかった。

その後、件のマエストロが来日し、NHKラジオの公開収録に登場することとなった(※オケは東京フィルと名古屋フィル)。それは限定的なお披露目だったにもかかわらず聴衆にも楽員にも好評で、反響を呼んだ。しかし、無名に近いマエストロが我が国のオケの定期演奏会に客演するのはなおハードルが高かった。

そんな中、いち早くエリシュカを評価したのは札幌交響楽団だった。多くのオケから客演を断られる中、札響の音楽監督だった尾高忠明が、これは畏敬すべき音楽家だと見抜き即決したという。

2006年12月の札響定期デビューはセンセーショナルな成功を収めた。1日目の演奏が評判を呼び、2日目のチケットは完売。英語が話せないマエストロは、まだ楽員とのコミュニケーションに不自由があったが、ある楽員は初顔合わせからこれが真の「マエストロ」かと強い印象を受けたと語る。演奏会については2chなどにも絶賛の書き込みが溢れたのを覚えている(当時ツイッターはまだなかった)。その一方で無名の老巨匠の札幌での成功を懐疑的に見る向きも少なくなかった。かなり早い時期からマエストロに注目し積極的に紹介した音楽評論家は池田卓夫、岩野裕一、東条碩夫らであった。

この成功を受けて札響は直ちにマエストロを首席客演指揮者に就任させた。この決断も早かった。就任会見で「札響のよいところは?」と聞かれたマエストロは「楽員が時間通りに練習にきて、ちゃんと予習をしてくれること」と答えた。社交辞令の全くない答えにずっこけたものだ。

マエストロはそれまで長く不遇な時期を過ごしていた。敬虔なクリスチャンだったため共産主義政権の覚え目出度い人物ではなかった。プラハより政治的に寛容なブルノの音楽院に進んだのもそれが理由だった。西側で知名度が低かったのは、西側向けの看板音楽家を政権が決めていたことと、マエストロがチェコ語とドイツ語しか話せなかったことによる。ただし、国内や東側では演奏旅行を行うなど評価は高かった。共産主義政権時代は、宗教曲の公演などに関して思想的制約はあったものの、音楽家の生活は保障されており、公演の頻度も高かったという。そして指揮者が一つのオケと深く長く付き合うのが普通のことだった。1989年のビロード革命により民主化が実現すると、チェコ音楽界にも資本主義の波が押し寄せ、環境は一変した。マエストロも含めチェコ人指揮者の多くは失職し、その後釜に西側の指揮者が座った。

マエストロは、その後、プラハアカデミーの指揮科で教鞭をとり、フルシャやネトピルなど次世代の育成に努めた。そして既に70歳を過ぎ、スター指揮者でなければ実質引退の齢に縁あって日本に来た。私はたまたまその縁と近い所にいたため、素人愛好家ながらマエストロと親交を結ぶことができた。

マエストロが日本に来て驚いたのは、演奏家のモラルの高さと熱意、聴衆の熱心さだったようだ。本国では「時間通りに練習にきて、よく予習をしてくれること」すら満たされない現場も数多く踏んできた。チェコのオーケストラ関係者にマエストロの評判を聞くと「毀誉褒貶」という。音楽的に高く評価されている一方で、お仕事として割り切って生活している楽員は昔ながらの綿密な練習に閉口するらしい。また、チェコでは演奏会の模様がメディアに活発にとりあげられたり、聴衆の反応がホール以外で現れたりすることはあまりないようだ。日本人がチェコ音楽に深い関心と理解を示していることも驚きだった。

マエストロはこれまで培った芸を残すため録音を切望していた。札響との1枚目のCDが出た時には感激して「神様がお許し下さるならば、ドヴォジャークの後期の交響曲の録音を完成させたい」としみじみ語っていたという。

神様は慈悲深い。「遅れてきた巨匠」は、いまや日本中のオケに客演し成功を収めている。特に2009年のN響定期に客演し、その模様がテレビ放映された時に名声は全国に知られ評価が固まったと思う。11月には12枚目のCD(※12枚のうち11枚が札響との録音)が発売された。これで後期交響曲や交響詩集等、ドヴォジャークの主要作品、スメタナの『我が祖国』、ヤナーチェクの『シンフォニエッタ』『タラス・ブーリバ』、それに知る人ぞ知る傑作、ヴォジーシェクの交響曲(!)と、チェコ音楽定番の名曲をほぼ録音し終えて、現在、チャイコフスキーとブラームスの交響曲の録音が進んでいる。

これらの録音は、この10年間の札響の成長記録としても貴重なものだ。この成長は、エリシュカに限らず魅力的な指揮者を迎え、質の高い演奏を重ねてきたことによる。もともと名手が多いオケではあるが、明らかに音量が増し、響きが豊かになり、アンサンブルの精度が上がったことにより表現の幅が広くなった。初期の録音も遜色あるものではないが、近頃の録音は特に素晴らしい。

エリシュカCD2016


今回のCDに収められたドヴォジャークの弦楽セレナードを聴くと、エリシュカ&札響コンビの歩みを思いしみじみしてしまう。このボヘミアの歌心が染み渡ったような弦楽アンサンブルの素晴らしさ。感傷に流れず、暖かく繊細な共感に満ちている。この時の公演の後、マエストロを訪れると飛び掛かるように私の手を握って、「この弦楽セレナードは、本当に本当に難しい曲なんだよ!」とおっしゃっていたのを思い出す。

私が一つだけ残念に思うのは、マエストロの日本での活躍が本国チェコも含め海外ではまだ十分知られていないことだ。紹介のため海外の知人にCDを贈り、大変好評を得ているのだが。マエストロのドヴォジャーク解釈は、ターリヒ、ノイマンやクーベリックに続く世界標準になりうるものだと思う。

昨年、チェコの作曲家スデニェク・シェスターク博士にCDを贈ったところ、こんな返信をいただいた。チェコ人から見てもエリシュカ&札響の達成は驚きのようだ。

私はこのCDを数名の友人に聴かせて、誰が指揮し、どこのオケが演奏しているか当ててもらいました。皆、例外なく著名なオケだと思いました。そして私がこれはエリシュカ氏と札響による演奏だと明かすと皆がどんなに驚いたことか!

マエストロは現在85歳。仲の良い奥様とともに益々元気いっぱいである。聴衆から愛され、オケの楽員から尊敬を集め、自らの芸に打ち込んでいる。我が街、札幌との不思議な縁を思うと感慨深いものがある。
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