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チェコの河童

かつて森深かったチェコには、我が国同様、妖怪にまつわる怪異譚が多い。これはチェコにゲルマン人が侵入する前、ケルト人が住んでいた影響もあるのかもしれない。ケルト人が信仰していた土着宗教ドルイド教は、古神道のように自然の諸々に宿る霊魂を信じていた。ケルト人がたどり着いたアイルランドには、やはり妖精物語が多い。

アロイス・イラーセク(1851-1930)は、『チェコの伝説と歴史』(1894)中で、キリスト教布教以前の古代チェコにおいて様々な妖怪が跋扈していたことを活き活きと描いている。

村々は内も外も生き生きとして活気にあふれていた。牧場からは草笛や牧人の長い角笛の音が響き、野や草原や園では若者たちの歌声があがっていた。ただ正午になると、だれも戸外では歌わず深い静けさが訪れた。この時刻には、白い衣をまとった正午の魔女(ポレドニツェ)が明るい亡霊となって現れ、草原を通って人々の住んでいるところにやってきては、世話の行き届かない子供を殺すのであった。また巨大な頭で両目の色の違う醜い山女(ヂヴァー・ジェナ)が現れ、人々を激しく泣かせたり、美しい森の精(レスニー・パナ)が、金髪の頭に花輪を載せ、雪のように白い衣に身を包んで現れたりした。

この他にも人々が恐れたものは、人々に眠気を催させ、その目玉をくり抜く鬼婆(イエジェンカ)や、沼や湿地で青い炎となって燃える幽霊であった。また同様に人々が恐れてさけて通ったのは、湖や森の中の深い池であった。そこでは河童(ヴォドニーク)が、姿を変えて木や草の陰で待ち伏せしていたし、また青白い顔の水の精(ヴォドニー・パナ)が緑色の服を着て人々を死に誘っていたからである。
アロイス・イラーセク著 浦井康男訳『チェコの伝説と歴史』 p13-14)


ドヴォジャークが交響詩にした、カレル・ヤロミール・エルベン(1811-1870)の物語詩集『民族伝説の花束』(通称『花束』)は、1853年にプラハで出版されたもので、チェコ文学史上、特に重要な作品である。13編からなる物語詩の内容は、エルベンが民間伝承から採取した怪異譚が主で、いわばチェコ版の「遠野物語」といえるものである。

ドヴォジャークは、新世界交響曲の大ヒットで器楽作品の大家として名声を確立した晩年、劇音楽の創作に専念した。彼は熱烈なワグネリアンだった若い頃から劇音楽で成功するのが生涯の夢だったからだ。彼が、米国から帰国した翌年の1896年に作曲したのが、このエルベンの『花束』による交響詩集で、『水の精』、『真昼の魔女』、『金の紡ぎ車』、『野鳩』の4曲からなる。

このうち『水の精』が、今月、ラドミル・エリシュカ指揮、札幌交響楽団により演奏される。

札幌交響楽団 第558回 定期演奏会
~R.エリシュカ チェコ音楽シリーズvol.6~

2013年4月19日(金) 19:00~
2013年4月20日(土) 15:00~

会場:札幌コンサートホールKitara

指揮 ラドミル・エリシュカ(首席客演指揮者)

曲目:
ドヴォルジャーク
序曲「自然の王国で」
交響詩「水の精」 op.110
交響曲第8番ト長調op.88
Eliska201304


「水の精」とはヴォドニークVodníkと呼ばれる妖怪で、いわばチェコの河童である。これに類する河童伝説はスラヴ世界に広く存在する。

チェコのヴォドニークは、髪と眼の色は緑色、大きな口、鍵鼻をした小男で、緑色の帽子に黄色いズボン、金色のボタンを付けた裾の広い外套といういでたち、その左袖からは常に水が滴っているとされており、よくナマズに乗って動き廻るが、河童と同様に水気がないと力を失う。海のないチェコでは、川や沼、湖や池のほとり、水の深みや水車屋の水路、人気のない淵などを棲家としており、魚や蛇、蛙に変身でき、人を溺死させて魂を壷に集めていると伝えられる。居酒屋などに姿を現して冗談を言い、機嫌がいいと水車屋の仕事を手伝い、大好きなミルクを貰ったりするが、水車を止める悪戯などもする。馬に変身し誰かがそれに跨ると、そのまま水中に飛びこむ。リボンや鏡を餌に、乙女を沼地の危険な場所に誘い出す。日本の河童と同様、恐ろしい面と共に愛らしくユーモラスな面も備えているらしい。ヴォドニークを捕らえるには、樹皮の紐で縛るしかない。ヴォドニーク 除けの植物はシダやヨモギで、湿った尻尾を切ったり、ロザリオを巻きつけ墓地や十字路に埋めるとよい。

ラダ1944年作 「紫煙を吐くヴォドニーク」
ラダ1944年作 「紫煙を吐くヴォドニーク」

エルベンの「水の精(ヴォドニーク)」は、『花束』の他の詩と同様、救いのない話だ。湖畔でヴォドニークにさらわれた娘が水底で無理に妻にさせられ子供をもうけるが、母親に別れを告げるため一時、里帰りする。だが、母親は娘をヴォドニークの元に返さず、怒ったヴォドニークは赤子を惨殺するという筋だ。

ズデニェク・フィビヒ(1950-1900)は、1883年にこの詩による同名のメロドラマ(※音楽付きの劇、メロディ+ドラマ)を書いており、ドヴォルジャークが交響詩の後に作曲したオペラ『ルサルカ』(1900年作、クヴァピル台本)では、タイトルロールの父親としてヴォドニークが登場する。イラーセクの「ルツェルナ」(1905年作)では、権力に反抗する勇敢な若い粉屋が主人公で、端役として老若二人のヴォドニークが登場するが、これをヴィチェスラフ・ノヴァーク(1870-1949)が4幕オペラ『ルツェルナ=角灯』(1922年作)にしている。

ちなみに、ドヴォジャークは、このような怪異譚を特に好んだようで、カンタータ『幽霊の花嫁』という作品も書いている。これは亡くなった恋人に墓地で誘拐される花嫁の物語である。他に怪談好きの作曲家といえば、やはりボヘミア生まれのマーラーが思い浮かび、『嘆きの歌』や『子供の不思議な角笛』にもその手の話に基づくものがあるし、交響曲のグロテスクな表現にも怪奇趣味が滲んでいる。ボヘミアには怪談好きの伝統があるのかもしれない。


水の精(ヴォドニーク)       

(1)
湖畔のポプラの木の上に、夕べヴォドニークが坐ってた;    
「月よ、明るく照らせ、わが針仕事のはかどるよう。
わしの縫う靴は、乾いた土の上、沼でも履ける; 
月よ、明るく照らせ、わが針仕事のはかどるよう。 
きょうは木曜、あすは金曜・・わしは上衣を縫い続ける;
月よ、明るく照らせ、わが針仕事のはかどるよう。      
緑の上衣に、赤い靴、あす嫁御をもらうのだ;       
月よ、明るく照らせ、わが針仕事のはかどるよう」

(2)
翌朝、乙女は早起きし、洗い物をひとまとめ;
「母さん、湖へ行って、スカーフを洗ってくるわ」
「ああ、湖へなど行かず、きょうは家にいて!
ゆうべ悪い夢を見たから;娘や、水辺に近づかないで。
夢で真珠を選んでやり、お前を真っ白に着飾らせた、
スカートは水の泡そのもの;娘や、水辺へ行かないで。        
白いドレスには悲しみ、真珠に秘められるは涙、
金曜は不幸な日:娘や、水辺へ行かないで」・・
娘はなすすべもなく、たえず湖へと駆られる、
たえず何かにせかされて、家には娘を惹きつける物はない・・
娘が最初のスカーフを水に浸すと・・乗ってた小橋がふいに崩れ
若い娘の姿が消えたあとに、深みで水が渦巻いていた。
波が下から湧き上がり、水面いっぱいに広がった;
岩場近くのポプラの上で、緑一色のヴォドニークが手を叩く。      

(3)
楽しみもなく悲しい、この水の王国;
睡蓮の下草の中で、魚たちが戯れている。
陽の光に暖められず、ここでは風もそよがない;
冷たく静か・・まるで、望みなき心の悲しみ。
楽しみもなく悲しい、この水の王国;
薄暗くわずかな明りの中で、刻々と日々が過ぎてゆく。
広いヴォドニークの屋敷は、豊かさでいっぱい;
だが知らぬ間に、客足は遠のくばかり。
ひとたびこの水晶の門を、くぐる者は、
またとこれを目にすまい、その澄んだ眼で・・
ヴォドニークは門の間に坐って、網を直し、
若い妻は、幼な子をあやしている。
「眠りなさい、いとし児よ、望まれず生まれてきた坊や!         
あんたは微笑みかけるが、私は悲しみで死に絶えそう。
あんたは嬉しそうに、双手をさしのべるけど;
私が見たいのは、地上の墓に横たわるわが姿。
教会の裏手の地の下、黒い十字架のそばで、
そしたら大事な母さんが、やって来てくれる。
眠りなさい、わがいとし児、私の小さなヴォドニークよ!
どうして忘れられよう、可愛そうな母さんを?
憐れな母さんは、私をだれに嫁がせたかったの?
だがその当ても外れ、私を家から出してしまった!
私はもう嫁いでしまった、間違ってたけど;
仲介人は・・黒い蟹たち、付き添う乙女は・・魚たち!
そして夫は・・ああ何と!大地の上をずぶ濡れでさ迷い、
湖の中で小さな壺に、貯めこんでるは人の魂。
眠りなさい、わがいとし児よ、緑の髪をした坊や!
あんたの母さんが嫁いだ所は、愛の棲家じゃなかったの。
巧妙でずるい網に、かすめ取られた私、
ここには何の喜びもない、あんたの他はね、いとし児よ!」
「妻よ、何を歌ってる?そんな歌はやめるんだ!
呪わしいその歌は、わしの怒りをかき立てる。
妻よ、何も歌うな、体の中で怒りが煮えたぎる          
さもないと魚にしちまうぞ他の奴らと同じように!」・・
「どうか怒らないで、ヴォドニーク、わが夫よ!
私のことを悪くとらないで、踏みにじられたこのバラを。
私の瑞々しく若い接木を、あなたは二つに折ってしまった;
そしてこれまでずっと、何もしてくれなかった。
数え切れないほどお願いしたわ、優しくとりなしてと、
ほんのしばらくでいいから、母のもとに行かせてと。
何度もお願いしたわ、大粒の涙を流しながら、
最後にもう一度、母に別れを告げさせてと!
数え切れないほどお願いしたわ、跪いて;
でもあなたの堅い心の皮は、柔らかくならなかった!
どうか怒らないで、ヴォドニーク、わが主人よ!
あまり怒ってばかりいると、あなたの言う通りになってよ。
あなたが私を口のきけない、魚にしたいんなら;
いっそ石に変えて、記憶を持たない石に。
むしろ私を石にして、考えもせず感情もない石に;
そうすれば永遠に、ああ、太陽の光が奪われるけど!」
「妻よ、わしは喜んで、お前の言葉を信じたい;
だが広い海の中の一匹の魚・・それが誰に捕まえられよう?
わしはお前が母親に、会いに行く邪魔はしない;
だが当てにならぬは女の考え、それがとても心配なのだ!
さて・・お前に許しを与え、この深みから離してやろう;
だが言っておく、わしを裏切らず、言いつけを守るのだぞ。
腕に抱くでないぞ、母親も他の人間も;
さもないとお前の地上の愛は、下界の愛とすれ違ってしまう。
だれも抱くな、夜明けから夕暮れまで;
そして夕べの鐘の鳴る前に、また湖に戻って来るのだ。
朝の鐘から夕べの鐘まで、お前に暇を与えよう;
だが念のため、赤子は預かっておく」

(4)
どうして考えられよう、お陽さまのない初夏など?
どうして考えられよう、熱い抱擁のない再会など?
永いこと別れていた娘が、また母を腕に抱くとき、
ああ、誰に咎め立てできよう、可愛いい子を作ったとしても?
日がな一日、嬉し涙にくれる、母と湖から戻った娘;
「もう行かなくては、母さん、ああ、晩になるのが恐い!」・・
「心配ないよ、いとしい娘や、あんな殺人鬼など恐がらないで;
お前を渡すものか湖の化物の手に!」・・
夕べとなり・・緑一色の男が、中庭をうろつく;
扉には閂がかかり、母と娘は部屋の中。
「恐がらないで、いとしい娘や!乾いた地上では何の危険もない、
湖の殺人鬼も地上では、何の力も出せないのよ」・・
夕べの鐘が鳴り終ったとき、ドン、ドン!と、外で扉を叩く音;  
「家に帰れ、わが妻よ! まだ夕餉ができてないぞ」・・      
「うちの戸口から引き下がれ、このずる賢い殺人鬼め!
以前お前が食べてたように、湖で夕餉をとるがよい!」・・
真夜中にまたドン、ドン!と、ひび割れた扉を叩く音;
「もう戻ってこい、わが妻よ! わしの寝床をのべてくれ!」・・
「うちの戸口から引き下がれ、このずる賢い殺人鬼め!
前に床をのべてた者が、また寝床を作ってくれるさ!」・・
三たびまたドン、ドン!と、暁の光さし初そめるころ;
「さあ戻るのだ、わが妻よ! 赤子が泣いとる、何か飲ませろ!」・・
「ああ、母さん、苦しい・・坊やを思うと胸がはり裂ける!
母さん、大事な母さん、どうか私を帰らせて!」・・
「どこへも行くでない、娘よ!湖の殺人鬼は裏切を企んでる;
お前は坊やを心配してるが、お前のほうがもっと心配。
殺人鬼よ、湖に去れ、うちの娘はどこへもやらぬ;
赤子が泣いてるなら、ここへ連れてくるがいい」・・
湖では嵐が吹きすさび、嵐の中で赤子が泣いている;
その泣声は人の胸を突き刺す、だがふいに聞こえなくなった。     
「ああ、母さん、悲しい!あの泣声で血が凍りつく;
ああ、いとしい母さん、ヴォドニークが恐い!」・・
何かが落ちた・・扉の下に、液体が流れる・・血だらけの;
老母が扉を開けると、だれもが驚きで言葉を失う!
二つの物体が血海の中に・・恐ろしさで全身に悪寒が走る;
胴体のない赤子の頭と、頭のない小さな体。
(関根日出男訳)


東北ボヘミア・メトゥイェ河畔の「地獄のヴォドニーク像」
東北ボヘミア・メトゥイェ河畔の「地獄のヴォドニーク像」


※当会顧問の関根日出男先生よりヴォドニークに関して貴重な資料と共にご教示を受けましたので、加筆し画像を追加しました。(2013.4.16)
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