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日没の歌

先日、英EMIがソニーとユニバーサルに分割買収されるとの報道があった。英EMIからは、このところ激安ボックスセットの発売が相次ぎ、これまで1枚1枚吟味して買い揃えていた身としては嬉しいやら悔しいやらだが、どうやらこれは閉店セールだったようだ。そんな中、来年生誕150周年を迎える英国の作曲家、フレデリック・ディーリアス(1862-1934)の全18枚のボックスセットが出た。これも価格は4千円程也。

ディーリアス
ディーリアス生誕150年記念ボックス(18CD限定盤)


ディーリアスは1980年代に「音の詩人ディーリアス」と題された国内盤のLPシリーズが発売され、ちょっとしたブームになった。このシリーズはジャケットがターナーの絵画で統一され、我が国へのディーリアス紹介に力を入れていた三浦淳史氏出谷啓氏による解説も充実していた好企画で、それ以来、私もディーリアスを愛好している。

ヤナーチェク(1854-1928)とほぼ同時代人のディーリアスは、一応英国生まれであるものの両親はドイツ人で、22歳でオレンジ栽培(!)のために米国フロリダに渡り、地元のオルガニストから音楽の手ほどきを受けた後、ライプチヒ音楽院に留学し、その後、フランスに定住したというかなり変わった経歴の持ち主である。英国との関わりは意外に少ないコスモポリタンだが、それでも英国音楽にカテゴライズされるのは、トーマス・ビーチャムをはじめとしてジョン・バルビローリやチャールズ・マッケラス等、英国の音楽家にとりわけ愛され、よく演奏されたからだ。

今回のボックスは、以前LPで発売されたものも含め、英EMIに残されている主要な作品の名演奏を網羅したもので、既に持っているものも多いがCD化を望んでいたものも含まれている。

まだとても聴き切れていないが、私にとって特に思い入れが深いのが、サー・チャールズ・グローヴズ指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルによる『日没の歌』だ。これはLPでよく聴いていたもので、ずっとCDが欲しかった。

日没の歌
Songs of sunset
 ジャネット・ベイカー(メゾ・ソプラノ)
 ジョン・シャーリー=カーク(バリトン)
 リヴァプール・フィルハーモニー合唱団
 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団
 チャールズ・グローヴズ(指揮)


ターナー「日没」

『日没の歌』は世紀末のデカダン詩人、アーネスト・ダウスン(1867-1900)の抒情詩に作曲した連作歌曲集で、三浦淳史氏は「愛の幻滅に寄せる恋する者のレクイエムである。全曲がエレジー風で物思いに沈んでいる。」と評している。原詩は米国のディーリアス愛好家のサイトにアップされている。
http://thompsonian.info/sunset.html

ダウスンは、悲恋と放蕩と貧窮の末、33歳で血を吐いて亡くなった薄幸の詩人で「イングリッシュ・ヴェルレーヌ」と評されて人気を博し、我が国でも平井呈一や、火野葦平、佐藤春夫、西条八十など錚々たる文学者が訳している。映画化されたマーガレット・ミッチェルの小説「風と共に去りぬ」や、やはり往年の名画でその主題曲はスタンダードにもなっている「酒とバラの日々」の題名もダウスンの詩の一節によるという。

このCDを聴くにあたり、久しぶりにLPの対訳を引っ張り出してきた。これは世紀末文学の泰斗、関川佐木夫の訳によるが、とても格調高いものだ。

By the sad waters of separation
Where we have wandered by divers ways,
I have but the shadow and imitation
Of the old memorial days.

悲しき流離の海のほとり
ふたりして 彼方此方(とさまからさま)往きかひし、
いま、われ孤り 年経たり追憶の日々
その影と空蝉を偲ぶのみ。

In music I have no consolation,
No roses are pale enough for me;
The sound of the waters of separation
Surpasseth roses and melody.

楽の音に 僅かなる慰めとてなく
色蒼き薔薇 いまは心を満たさず、
流離の海の高なる潮音
薔薇の旋律(しらべ)を ともに打ち消す。

By the sad waters of separation
Dimly I hear from an hidden place
The sigh of mine ancient adoration:
Hardly can I remember your face.

悲しき流離の海のほとり
かすかにも聴く、見えざる地より
嘗ての日の思慕の呻吟(うめき)を、
面影もほとほと忘れたるに。

If you be dead, no proclamation
Sprang to me over the waste, gray sea:
Living, the waters of separation
Sever for ever your soul from me.

汝(なれ)いまこの世に在らざるも 荒涼はた
灰白の海超え 告知するものとてなし、
汝 生あるとても 流離の海
永久(とこしえ)に 二つの魂(こころ)かき距つ。

No may knoweth our desolation;
Memory pales of the old delight;
While the sad waters of separation
Bear us on to the ultimate night.

何ひとか 我らが悲歌(なげき)を知らむ、
昔(さき)の日の歓喜の記憶 色蒼ざめ、
悠然たる悲しき流離の海
滔々とわれらを運ぶ 窮みなき夜に。
(第5曲より 関川佐木夫訳)


『日没の歌』は合唱付きの管弦楽作品だが、各声部は絡みあうことなく言葉を揃えて詠われ、それに独唱が付いて憂愁を帯びた茫洋たる響きが綿々と続く。他の作曲家なら絶対にこんな作曲はしないだろう。いかにもディーリアスらしい独特の世界で、一度ライヴで聴いてみたいが、編成が大きい割にあまりに地味な作品ゆえに日本で聴く機会はほとんどないだろう。

率直に言っていささか未練たらしく感傷的な詩なわけだが、ディーリアスの音楽はマーラーなどと違って深刻ぶった自己憐憫がない分、聴きやすい。ただ、世紀末デカダンスの毒はある。グローヴズの演奏は温かく柔らかな響きに気品があり、オーケストラの繊細な表情が素晴らしい。また、二人の独唱者が優れており、ジャネット・ベイカーのソプラノは凛とした佇まいの歌唱が寂寥感を醸し出しているし、ジョン・シャーリー=カークの甘美なバリトンは、柔らかな英語の発音が詩情に溢れている。

ディーリアスのダウスンの詩による作品としては、他に『シナラ』という管弦楽付きのバリトン独唱曲があるが、これも切ない傑作だ。「風とともに去りぬ」(Gone With the Wind)という歌詞はこの詩に出てくる。

我が国におけるダウスン研究の第一人者は英文学者の南條竹則氏で、岩波文庫からアーネスト・ダウスン作品集を、集英社新書から評伝「悲恋の詩人ダウスン」を出されている。怪奇幻想文学好きとしては馴染み深い名前であるが、こんな仕事もされているとは。そういえばLPに付された『シナラ』も『アラベスク』も南條氏の訳で、特に前者は南條氏が高校生の頃(!)に訳したものだと三浦氏のエッセイにあった。

ところで一つ面白く思うのは、ディーリアスがヤナーチェクと同じくライプチヒ音楽院に留学していることだ。ヤナーチェクは1879年にライプチヒに入学し、柄にもなくフーガなど書いているが、あまりに保守的な教育内容に嫌気が差し1年あまりで見切りをつけ退学している。ディーリアスも1886年から2年間、ライプチヒで学んだが、やはりそのアカデミイズムには肌が合わなかったのではないか。ヤナーチェクもディーリアスも、その後は当時の潮流に背を向け我流を通したわけだが、その根っこにはライプチヒ時代の苦い体験があったように思われる。ディーリアスもライプチヒでフーガを書いたのだろうか。
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