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木下保による信時潔の歌曲

近代和風建築とは、明治時代以降の日本で見られた、日本風と西洋風の意匠が折衷した建築様式(Wikipediaより)。

私は近代和風建築が大好きで、機会があれば実物を観たり、本を買ったりしている。和風と洋風という異質なものを継ぎ足せばキッチュになってもおかしくないのだが、そうはならず、明治人の美意識できっちり纏め上げているところに独特の品格を感じる。もっとも過渡期における折衷様式なので、建築史の上からいうと重要視されないものなのかもしれないが。

信時潔(1887-1965)の魅力というのは、この近代和風建築と似たところがあるかもしれない。今の耳からすると、音楽も言葉もいささか古臭い趣味ではあるが、どうも気にかかる。

先日、信時の高弟であった声楽家、木下保の貴重な録音が発売された。

■木下保の藝術~信時潔、團伊玖磨歌曲集
信時潔:
 みほとけは
 小品集
 茉莉花
 短歌連曲
 寺
 独楽吟

團伊玖磨:
 わがうた 北山冬一郎詩集「祝婚歌」より
 三つの小唄 北原白秋詩集「雪と花火」より
 笛の音のする里へ行こうよ 萩原朔太郎詩集「青猫」より
 片足 北原白秋詩集「白秋小唄集」より

日本伝統文化振興財団
VZCC1042

木下保


私が信時作品に最初に触れたのは、学生時代に歌った歌曲集「沙羅」(木下保による合唱編曲版)だった。「沙羅」は、信時を代表する傑作歌曲で、柳兼子、木下保の名唱によるCDを大事に聴いている。

信時は、戦前、山田耕筰と並ぶ日本作曲界の重鎮だったが、戦後は「海ゆかば」の作曲者ということで表舞台には姿を表さなくなる。荘重な旋律で「大君の辺にこそ死なめ」と歌う「海ゆかば」は、大本営による玉砕発表の際に使われたため、戦後はひどく忌まわしく見做されてしまったのだ。しかし、もともとこの曲は軍歌として書かれたのではなく、戦前に先例もある大伴家持の歌による作品で、敬虔なクリスチャンだった信時の戦争協力は山田耕筰ほど積極的なものではなかったらしい。

信時は、1920年から3年間、文部省在外研究員として訪欧した。当然、ストラヴィンスキーやシェーンベルク等、当時の先端的な音楽に触れ、滞在中のベルリンがヴェルサイユ体制下の超インフレ状態だったこともあり、多くの楽譜を安く買い漁って詳細に研究したという。しかし、そうした新潮流は自分の作風に不適と判断し、実作ではドイツの古典派・ロマン派に基づく質朴を旨とした作風を貫いたといわれる。

信時の作品は、ピアノ曲を除けば、ほとんどは歌曲や合唱曲等の声楽曲で、いくつかは大和風に楚々として味わい深くもあり、いくつかは校歌か社歌のように退屈なものだ(実際、多くの校歌と社歌を作曲している)。1940年に皇紀2600年奉祝曲として作られたカンタータ「海道東征」も、旋律はいかにも信時らしい魅力があるが、そのオーケストレーションはいかにも古い。つまるところ、優れた美意識はあるが、独創的というより「近代和風」のように折衷的な作風だ。この辺が、政治的事情以上に戦後顧みられなくなった理由なのかもしれない。しかし、今になってみれば、なまじ実験的な前衛性より、「近代和風」的な美意識がかえってユニークで魅力ということもある。

今回発売されたCDは、戦後の放送用録音を主に復刻されたもので、労作『SP音源復刻盤 信時潔作品集成』にない作品も含まれており大変貴重だ。歴史的録音復刻の第一人者、郡修彦氏による音質調整は今回も成功していて、耳あたりのよいモノラル録音になっている。

こうして聴いてみると、「沙羅」同様、「浄き明き大和心」といった趣味には収まらない表現主義的な情念も幻想味も含まれているように思う。鼻白むような和風の楽想をシューベルト風に歌ったかと思うと、意外に20世紀音楽的な展開をみせたりもする。そこがいかにも「近代和風」的な匠でなかなか一筋縄ではいかない。

例えば「短歌連曲」は、『SP音源復刻盤 信時潔作品集成』の解説の中で畑中良輔氏がシェーンベルクの歌曲集「架空庭園の書」との関係を指摘しているが、随分ユニークな曲だ。凝った序奏は、シェーンベルクと共に、ちょっとヤナーチェク「消えた男の日記」を思い起こさせもする。そして「ねがわくば若き木花咲耶姫」とドイツリート調に歌いあげると、「わが命をも」で急に和風に転じ、「花になしたまえ」で転調してリート調に戻る。聴いていてあれあれというコントラストの面白さがあり、後の曲との繋がりも絶妙だ。

信時の作風を熟知した木下保の歌唱は、さすがに品格と艶がある優れたもの。「やまとことばを美しく」というのがこの人のモットーのようだが、ドイツ歌曲にも日本歌曲にも通じた声楽家だからこその芸術なのだろう。渋く抑制された表現、言葉の置き方が、ドイツ語のようでもあり、謡曲などにも通じる伝統芸能的なものようでもある。ライナーノートで畑中良輔氏が「蒲原有明独特の官能の世界を覗かしている。驚くべきべき名唱である」と評している「茉莉花」も、やまと風、シューベルト調でありながらどこかはみ出た濃密な世界を味わえる。 大島正泰のピアノ伴奏も素晴らしい。

團伊玖磨の作品は、フランス音楽の影響を感じさせる、ぐっと戦後的なものだ。この柔らかく優雅な歌い口も魅力的で、木下保の多彩な芸を味わえる一枚だ。
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