スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

水の上のカーチャ

カーチャ
マドリード王立劇場(テアトロ・レアル)で上演された『カーチャ・カバノヴァー』のDVDを観た。

●ヤナーチェク:歌劇『カーチャ・カバノヴァー』全曲
 カリタ・マッティラ(S カーチャ)
 オレグ・ブリヤク(Bs ヂコイ)
 ミロスラフ・ドヴォルスキー(T ボリス)
 ダリア・シェヒター(Ms カバニハ)
 ギ・ド・メ(T ティホーン)
 ゴードン・ギーツ(T クドリーシャ)
 ナターシャ・ペトリンスキー(Ms ヴァルヴァラ)
 マルコ・モンクロア(Br クリギン)、ほか
 マドリード王立劇場管弦楽団&合唱団
 イジー・ビエロフラーヴェク(指揮)

 演出:ロバート・カーセン
 美術、衣装:パトリック・キンモンス
 照明:ロバート・カーセン,ペーター・ヴァン・プラエト
 振付:フィリップ・ジロードー

 収録時期:2008年12月
 収録場所:マドリード、王立劇場(ライヴ)

『カーチャ・カバノヴァー』は、出世作『イェヌーファ』と共にヴェリズモ的な傑作であり、この2作はヤナーチェクのオペラの中でも特に上演頻度が高い。

このオペラの舞台は19世紀半ばのロシア。意地悪な姑と呑んだくれの夫の間で鬱屈した生活をおくっていたカーチャは、後見人の叔父に虐げられていた青年ボリスと恋に落ち、夫の留守中に逢瀬を果たすが、罪の意識から全てを告白し、ヴォルガ川に身を投げる。

今回のDVDでは、なによりロバート・カーセン(Robert Carsen 1954-) の演出に感嘆した。シンプルだが独創的なアイディアにより作品の本質に沿った劇的効果をあげている。

舞台全体には水が薄く張られ、そこに簀子のような板が並べられている。水はヴォルガ川を表しており、またその他にも夜露や雨等、このオペラ全体を通した象徴的なイメージでもある。

水の上の板は、配置を変えることにより小道や桟橋、室内になる。水に接したスペースで演じられることで独特の緊張感が醸しだされるとともにカーチャの心理状態も暗示される。例えば1幕2場のカーチャの部屋は、周りを水で囲まれることで彼女が置かれた閉塞的な状況が示される。また、2幕2場における二人の逢い引きでは太い通路が対角方向に長く伸びることで閉塞状態を突き抜けるような希望を感じさせる。しかし、3幕2場におけるボリスとの別れの場面では2本の細い通路の手前側にカーチャ、奥側にボリスが対置し、足場の細さは彼らの不安定な立場を表し、水で隔てられ交わることのない通路は二人の関係を示している。

この板は、幕間にカーチャと同じ白いワンピースを着た女性たちのパントマイムにより実に手際よく配置変更される。この女性たちはヴォルガ川の精のようでもあり、カーチャの分身のようでもある。彼女らは板を並べる黒子としてだけでなく、かなりインパクトのある役割を演じる。

また、巧みなライティングで水面に映った像を利用し美しい効果をあげている。特に入水自殺したカーチャが横たわるラスト・シーンは印象的だ。特にユニークなアイディアは水面をプロジェクターにより舞台背面にぼんやり投影していることで、1幕2場のカーチャの告白では、さざ波による揺らぎが彼女の心理状態を示すことになる。



http://www.youtube.com/watch?v=5lpiXzRC4Y4

現代を代表するカナダ出身の演出家、ロバート・カーセンは2001年のサイトウ・キネン・フェスティバルにおいて小澤征爾指揮の『イェヌーファ』を手がけていた。この演出については中央大学准教授の森岡実穂氏が高く評価する一方(「伏し目の似合わぬイェヌーファ」参照)、当会顧問の関根日出男先生はこのオペラの本質的な要素である民俗色が切り捨てられていることに不満を述べていた。残念ながら私はこの舞台を観ていないが、『カーチャ』は『イェヌーファ』と比べ社会背景などの要素が薄く、その音楽は人間関係と心理を描くことに集中しているため、カーセンの演出により適したものだったろう。

演奏は全く申し分ない。歌手もオケも上質だ。これまでこのオペラを何度も振っているビエロフラーヴェクの指揮は、音楽のテクスチャを丁寧に聴かせるもので、さすがスコアを熟知した第一人者だが、あえてとても贅沢な注文を付けるとすれば、やや流麗で要所(例えば、ボリスに身をまかせる決心をする場面や、最期の独白等)にもう少し表現主義的な鋭さがあればと思った。

タイトル・ロールを歌ったフィンランド生まれのソプラノ、カリタ・マッティラは、深みのある強靭な声で、イェヌーファを得意としているがカーチャも本当に素晴らしい。DVD化されているアンゲラ・デーノケによるカーチャ(1998年のザルツブルク音楽祭)は不安に苛まれるか弱い女性という役作りだったが、マッティラのカーチャはより強く自立的な女性だ。そのためカーチャの最期の独白は狂ったオフィーリアのような痛ましさよりは、肯定的な自己回復の色合いさえ帯びて感動的だった。

カーチャ(せきこんで)
 まだ歌ってるわ!
 (岸辺に近づき)
 小鳥たちがお墓へ飛んでくる,雛鳥たちを引き連れて。
 花が一斉に咲き出す,赤と青と黄色の花が。
 (川に近づき)
 なんて静かで,なんてきれいなの,なんてきれいなの!
 さあ,死ぬんだわ!
 (腕を十字に組んで川へ飛び込む)

 (歌劇『カーチャ・カバノヴァー』対訳と解説、関根日出男訳、日本ヤナーチェク友の会編

このDVDは、ドヴォルスキーのボリス、ペトリンスキーのヴァルヴァラなど脇の歌唱陣も充実し、何度も楽しめる内容だ。カーセン演出のオペラはもっと観てみたい。
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

プロフィール

Pilsner

Author:Pilsner
発話旋律 "Speech Melody"
日本ヤナーチェク友の会公式サイト管理人Pilsnerのブログ
チェコ音楽を中心にした音楽雑記帳です。
The blog by the chief manager of Janáček Association Japan
http://twitter.com/#!/janacekjapan

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新記事
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

Visitors
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。