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小惑星ヤナーチェク

チェコは小国ながら天文学が盛んらしい。これはティコ・ブラーエ以来の伝統なのだろう。

デンマークの天文学者、ティコ・ブラーエ(1546-1601)は、神聖ローマ帝国皇帝ルドルフⅡ世の皇室付帝国数学官に迎えられてプラハに移住し、そこで没した。遺体はティーン教会に埋葬されている。ブラーエの膨大な観測記録は弟子ヨハネス・ケプラーに引き継がれ、ケプラーの法則を発見する基礎となった。

ブラーエの墓は1901年に一度発掘され、そのときに採取された口ひげなどを1990年代に分析した結果、高濃度の水銀が検出されたことから、水銀中毒や毒殺などの説が取りざたされていた。毒殺犯としてはケプラーが疑われているという。

先月15日、ブラーエの死因を解明するために棺が再び発掘された。今度はCTなどを使用した科学調査が行われるそうで興味深い。

ヤナーチェクのオペラ『マクロプロスの秘事』は、不老長寿をテーマとしたカレル・チャペックの同名の戯曲に基づく作品で、ルドルフⅡ世の侍医だった父より不老不死の霊薬を飲まされた娘が美貌を保ったまま、300年以上、様々に身元を偽って生きながらえ、人生に倦み果てたすれっからしとなって男達を翻弄するというストーリーだ。国内の政治・宗教的な混乱を避け、プラハ城に引きこもり、文化・芸術を愛好して、錬金術や占星術にふけったハプスブルクのオタク王、ルドルフⅡ世は、我が国でいえば足利義政のように無能で迷惑な為政者だったが、義政と同様に後世に多くのものを残したようだ。錬金術が近代化学を準備したように、ブラーエも天文学者というよりは占星術師のような面があったのだろう。水銀は古くから錬金術における不老長寿のアイテムなので、ブラーエがルドルフⅡ世の下、水銀中毒で亡くなったのはいかにもという気がする。


Kohoutek.jpg

チェコの天文学者で有名なのは、モラヴィア生まれのルボシュ・コホーテク(1935-)で、彼は有名なコホーテク彗星ばかりでなく小惑星も数多く発見しており、その多くにチェコの著名人の名を冠している。もちろんヤナーチェクもある。

小惑星一覧より

(番号)名前/仮符号/発見日/発見者/特記事項

(1840) フス /1971 UY /1971年10月26日 /L. コホーテク
(1841) マサリク /1971 UO1 /1971年10月26日 /L. コホーテク
(1861) コメンスキー /1970 WB /1970年11月24日 /L. コホーテク
(1875) ネルダ /1969 QQ /1969年8月22日 /L. コホーテク
(1931) チャペック /1969 QB /1969年8月22日 /L. コホーテク
(2047) スメタナ /1971 UA1 /1971年10月26日 /L. コホーテク
(2055) ドヴォルザーク /1974 DB /1974年2月19日 /L. コホーテク /火星横断小惑星
(2073) ヤナーチェク /1974 DK /1974年2月19日 /L. コホーテク
(3081) マルティヌーボフ /1971 UP /1971年10月26日 /L. コホーテク

ちょっと面白いのはマルチヌーがスメタナとともに、ドヴォジャークやヤナーチェクより先に命名されていること。番号の”序列”は後なのだが。コホーテクはマルチヌーが特に好きだったのかもしれない。
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