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龍馬とヤナーチェク

人気のNHK大河ドラマ「龍馬伝」を毎週楽しみに観ている。巧みな脚本、質感ある美術と映像、魅力的な配役、どこをとっても一級のTVドラマだ。このドラマを観て、龍馬の他、武市半平太や岩崎弥太郎など維新のキーマンが、江戸や京から遠く離れた土佐の下級士族出身だったことを改めて不思議に思った。

土佐では1601年に山内一豊が関ヶ原の合戦の功により家康からこの地を拝領して以来、長宗我部系の家臣は下士、山内系の家臣は上士とされ厳しい身分差別があり、このことが尊皇攘夷に繋がる背景だったことはドラマでも丁寧に描かれていた。鬱屈したエネルギーが地方に何代にも渡って蓄積され、黒船来航により幕藩体制が揺らぐことで一気に吹き出したということなのだろう。

そう考えると、チェコでもハプスブルク帝国の箍が緩む19世紀半ばに地方から世界レベルの才能が登場していることを連想してしまう。

先日、ヤナーチェクの故郷フクワルディの隣町、プシーボルの方から、この地域の美しい風景とヤナーチェクの音楽を合わせた短編映画のDVDを頂いた。プシーボルはフロイトの生地であり、ヤナーチェクとフロイトを生んだ地域として町おこしをしているらしい。ヤナーチェクとフロイトという世界的な知性が、ごく近い辺鄙な田舎から出たことは驚きだ。
そこでチェコのめぼしい地方出身者を以下に拾ってみた。
※名前、生年、実家の生業、出身地、人口(ウィキペディアによる最近の統計)

ドヴォジャーク、1841年、肉屋兼居酒屋、ネラホゼヴェス(ボヘミア)、1,375
マサリク、1850年、小作農、ホドニーン(ボヘミア)、26,226
ヤナーチェク、1854年、教師、フクワルディ(モラヴィア)、1,900
フロイト、1856年、毛織物商、プシーボル(モラヴィア)、8,800
マーラー、1860年、酒造業経営、カリシュト(ボヘミア)、330
ミュシャ、1860年、裁判所の廷吏、イヴァンチツェ(モラヴィア)、9,300

このうち、ヨーロッパ最高の知性として尊敬を集め、チェコスロヴァキアを独立に導いた哲人大統領マサリクの父は農奴で、当人もはじめは鍛冶屋になるつもりだったのだから凄い。

関ヶ原の合戦が1600年なら、チェコ史における決定的な大敗である「白山の戦い」は1620年。大政奉還は1867年で、同年ハプスブルク帝国は二重帝国になる。無理なこじつけかもしれないが鬱屈した統治の期間としては似たようなもので、マサリクも龍馬も歴史の変わり目が生んだ奇跡なのかもしれない。

ドラマを観ながら、ドヴォジャークより5つ年上の龍馬が奮闘している頃、チェコではどう動いていたかと想うとなかなか楽しい。
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