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ラドミル・エリシュカという「奇跡」

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日本の主な音楽評論家が加盟する団体(一社)ミュージック・ペンクラブ・ジャパンは、札幌交響楽団と名誉指揮者ラドミル・エリシュカに対して「第30回 ミュージック・ペンクラブ賞」特別賞を贈呈した。4月23日には札響事務局の方やマエストロのマネージャーが出席し授賞式が開かれた。この受賞は両者の長年に渡る共演が高く評価されたもので、受賞理由には「42回の共演を重ねて2017年10月の最後の演奏会を開くまで奇跡の名演を繰り広げてこられました」と記されている。

「奇跡の名演」。プロの物書きの団体にしては陳腐な表現のようだが、エリシュカ&札響の歩みはまさに「奇跡」としか言いようのないものだった。

マエストロが昨年3月の公演を終え、帰国後に肺炎を患ったのが4月。そしてドクター・ストップの中、マエストロの強い希望により最後の日本公演が6月に通知され、10月に再来日し大阪フィル定期でドヴォジャークの「テ・デウム」と交響曲第6番、札響定期でR.コルサコフの「シェラザード」が演奏された。これもまた陳腐な文句になるが長く語り伝えられるような「伝説の名演」だった。

あれから多くの方がこの最終公演について熱く語ってきた。僅か半年ばかり前のことだが、私にはもう何年も前の出来事のように思える。まったく夢のようだ。

エリシュカの日本での成功は、単に「マエストロ」が客演して名演を成し遂げたということに留まらない。エリシュカに劣らず優れた指揮者は多く、名演もまた多い。それでもなおエリシュカの成功は「奇跡」「伝説」として語られるべきものだと思う。ミュージック・ペンクラブ・ジャパンが、そこを正当に評価して下さったのはまことに有難い。

そもそもマエストロは来日前まで西側での活動歴がなく、チェコ音楽ファンの多い我が国ですら知名度は皆無だった。チェコ国内での玄人筋の評価は高く、多くの実績を積み、音楽界では重鎮と目されてはいたが、チェコ国内ですら一般に名の通った指揮者ではなかった。当人は英語が話せず、政治力も皆無。むしろ共産主義政権時代には敬虔なクリスチャンであったことから当局から睨まれていた。商業主義とも政治とも無縁で、1989年までは伝統と実力はあるが国際的には注目されていない地方オケ、カルロヴィヴァリ響を磨き抜くことに没頭していた。しかし、ビロード革命後に商業主義の波が押し寄せるとそのポストを失い、プラハアカデミーでもっぱら後進の指導にあたっていた。マエストロが日本でデビューするまでの15年間は指揮者としては大変不遇な時期だったといってよい。

なぜ、世渡り上手とはいえない「遅れてきた巨匠」のインディアン・サマーが日本で訪れたのか。それには、いくつかの幸運と良縁が重なったからだ。

その第一はマエストロのマネージャーを務めている梶吉洋一郎・久美子夫妻の献身と尽力だ。梶吉氏はもともと放送業界出身の方で、クラシック音楽に大変造詣が深く、チェコの音楽事情にも精通している。なにより本物を見抜く眼の確かな方で私もいつも教えていただいている。奥様はチェコ語の通訳者でもある。梶吉夫妻はマエストロの噂を聞きつけ、日本へプロモートし、マネージャーとして仲介する傍ら、パスティエルというインディーズレーベルを立ち上げ、手弁当でCDの録音・製作まで行った(※エリシュカ定期が年2回になってからは一方のブラームス交響曲チクルスはAltusレーベルが録音した)。とても採算が合う話ではなく、商業的な動機というよりは、マエストロの音楽と人柄に惚れ込み、いまや失われつつある戦前から受け継がれた至芸を後世に残すという使命感からであった。

そして札幌交響楽団との出会い。梶吉氏は全国のオケにプロモートをかけたが、その反応は当初芳しいものではなかった。無名の老指揮者を起用するのはオケとしても大きな冒険なだけにある意味当然であった。その中で、唯一興味を示したのが札幌交響楽団だった。

胃袋の大きな関東と違って、北海道でオーケストラを維持するのは並大抵の事ではない。札響は2003年に深刻な経営危機を迎え、存続も危ぶまれる程だった。その後、地域密着の巡回公演に力を入れるなど事務局と楽員が一体となって努力を続けて財務状態の立て直しを図り、2009年には遂に公益財団法人となった。エリシュカの2006年の札響デビューはそういうなかでの判断だった。

縁あってエリシュカ&札響の歩みを間近で立ち会い思ったのは、オケの実力というのは、楽員の技量は無論だが裏方の力が極めて大きいということだ。コンサートの企画運営からステマネ、ライブラリアンに至るまでがオケの実力。

マエストロのデビュー時から、札響の対応はマエストロに最良のコンディションで実力を発揮してもらおうという配慮が行き届いていた。それは単にビジネス上のVIP待遇とは全く異なるもので、梶吉夫妻の「マエストロの芸をなんとか残したい」という想いと一つだった。

例えば、マエストロの練習では通訳としてプロハースカ尚子氏が立ち会うのが恒例となったが、これは札響がまず取り入れたものだ。彼女はもともとチェコ在住のトロンボーン奏者で、マエストロの下で何度も演奏している旧知の間柄であった。そのため、練習ではマエストロの指示を的確に伝え、ムードメーカーとしても重要な役割を担った。客演する指揮者のために通訳者をわざわざチェコから呼び寄せるのは異例なことだろう。

また、マエストロにとって奥様の存在は大変大きかった。それは単に最愛の伴侶というだけでなく、マエストロの健康を厳しく管理し、必ず演奏に立ち会って歯に衣を着せぬ助言をするアドバイザーでもあった。札響は奥様の大切さを理解し最大限のもてなしをしたと思う。魅力的な奥様はファンにもお馴染みとなり、微笑ましいおしどり夫婦として好感された。最終公演でも事務局が用意したファンの寄せ書きの中心にプリントされたのは夫婦の写真であった。

指揮者はフィジカルな職業なので、老化と共に芸の深化はあったとしても指揮活動の負担は厳しいものになっていく。マエストロはスター指揮者でなければ引退という齢になってから来日し、札幌を本拠地とした。それがどんなに有難いことだったか。この14年間は札響の成長とともにマエストロの老いもあった。それが幸福に噛み合って相互に尊重し支え合う関係となった。

そしてエリシュカ&札響の成功は、音楽ファンに地方オケの実力を見直すきっかけを与えたと思う。例えば、ドヴォジャークの「新世界」交響曲など巨匠指揮者&有名オケによる録音が多数あるが、それらの中でもエリシュカ&札響の録音は世界水準の演奏だ。レコ芸の批評家投票でもウィーンフィルやベルリンフィル、チェコフィルによる歴史的名盤とも互角である。地元ファンの贔屓目でもマニアの偏愛でもなく、誰もが納得できる説得力を備えていると思う。スメタナの『我が祖国』など、バレンボイム&ウィーンフィルの演奏をドヴォジャーク・ホールで聴くプラハっ子と、エリシュカ&札響の演奏をKitaraで聴く札幌っ子ではどちらが幸せだろう。一概に前者と言えないのが音楽を聴く面白味で、多くの音楽ファンがそのことに気付いたと思う。実際、マエストロに師事したあるチェコ人演奏家が日本でマエストロの実演に接し感涙し、彼の演奏を本国で聴けないのは残念だと梶吉夫人にしみじみ語ったという。そして、これらの成功は一指揮者の人気にとどまらず全国のオケへの波及効果があったのではないか。エリシュカの名演に感激して地元のオケの定期に通い始めたという方を何人も知っているし、私もその一人だ。

現在、マエストロは奥様共々お元気で、プラハの自宅で指揮教本を執筆する毎日だという。4月6日に87歳の誕生日を迎えたマエストロは、9日にプラハのドヴォジャーク記念館で日本における指揮活動について講演した。マエストロはビデオやCDを交え、日本での14年間に渡る演奏活動について3時間近くも語った。この催しはチェコのドヴォジャーク協会が協賛しており、会場はほぼ満員。内容はやはり最も深い関係を築いた札響との話が中心だったそうで、最後のコンサートにおける練習風景、ゲネプロ、本番、終了後の貴重な映像が紹介されたとのことだ。

この講演会に出席されたプラハ在住の指揮者・音楽学者であるヘイグ・ウチジァン(Haig Utidjian)氏はフェイスブックで次のようにコメントされている。

「エリシュカ氏と日本との華々しいコラボレーションは、彼の引退間際から始まりました。その成果は、日本で最高のコンサートホールでの100を超えるコンサートと1ダースもの録音で、多くの賞賛と名声を得ています。しかし、何よりの成果は楽員との真に充実した相互関係、信頼と愛情なのです。

私たちは僅かなDVDとCDの録音から知るのみですが、めざましい技術的精度と明晰さに加え、稀に見る力強さと輝き、純粋さを備えた演奏だった十分な証拠がありました。その効果たるや全く息もつかせぬものでした!」

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やはり、国を超えても本質はちゃんと伝わっている。私はマエストロの築いた札響の評判が広く伝わって欲しいと願っている。エリシュカ&札響の世界水準の演奏が海外ではまだまだ知られていないのは残念なことだ。海外の知人にCDを贈ったり、下手な英語でネットで発信したりと私なりに微力を尽くしているが、ここはもう一段の展開を期待したいのだが。

それから、マエストロに関して、これまでの経歴、日本での活動記録等が纏まった本が欲しい。有名指揮者についてそうした著作は多いがエリシュカに関してはまだライナーノートと雑誌の記事くらいしかないのだ。それにマエストロが元気なうちに話を聞いて記録として残すべきだと思う。マエストロはチェコ音楽史の語り部としてもかけがえがない存在だ。バカラ、ターリヒ、シェイナ、アンチェル、スメターチェク、ノイマン、クーベリック、ビエロフラーヴェクの思い出を語れるチェコ人などもうマエストロ以外に残っていない。チェコスロヴァキアの特殊な政治事情に翻弄された演奏家の証言は興味深いものだろう。マエストロには、政府の特使としてチェコの楽団を連れてキューバを訪問しカストロやゲバラと握手したり、モスクワを訪れた際にハチャトリアンが奥様をすっかり気に入ってしまったとか、ドヴォジャークの「テ・デウム」を演奏した際に共産党幹部から宗教プロパガンダだと叱責されたとか、面白い逸話が沢山あるのだから。

加えてマエストロが多くの書き込みをしたスコアは、すべて札響に保管されている。これこそがマエストロが残した貴重な資産であり、専門家の研究分析を期待したいところだ。
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エリシュカ&札響との10年

チェコ音楽マニアを自認しているのだが、当会会員のKさんから「ラドミル・エリシュカという指揮者を知っているかい?」と聞かれた時には、その名前すら耳にしたことはなかった。ネットで検索してもほとんど情報がない、目ぼしい録音も見つからない。小国チェコにそんな大指揮者が埋もれているとは信じられなかった。

その後、件のマエストロが来日し、NHKラジオの公開収録に登場することとなった(※オケは東京フィルと名古屋フィル)。それは限定的なお披露目だったにもかかわらず聴衆にも楽員にも好評で、反響を呼んだ。しかし、無名に近いマエストロが我が国のオケの定期演奏会に客演するのはなおハードルが高かった。

そんな中、いち早くエリシュカを評価したのは札幌交響楽団だった。多くのオケから客演を断られる中、札響の音楽監督だった尾高忠明が、これは畏敬すべき音楽家だと見抜き即決したという。

2006年12月の札響定期デビューはセンセーショナルな成功を収めた。1日目の演奏が評判を呼び、2日目のチケットは完売。英語が話せないマエストロは、まだ楽員とのコミュニケーションに不自由があったが、ある楽員は初顔合わせからこれが真の「マエストロ」かと強い印象を受けたと語る。演奏会については2chなどにも絶賛の書き込みが溢れたのを覚えている(当時ツイッターはまだなかった)。その一方で無名の老巨匠の札幌での成功を懐疑的に見る向きも少なくなかった。かなり早い時期からマエストロに注目し積極的に紹介した音楽評論家は池田卓夫、岩野裕一、東条碩夫らであった。

この成功を受けて札響は直ちにマエストロを首席客演指揮者に就任させた。この決断も早かった。就任会見で「札響のよいところは?」と聞かれたマエストロは「楽員が時間通りに練習にきて、ちゃんと予習をしてくれること」と答えた。社交辞令の全くない答えにずっこけたものだ。

マエストロはそれまで長く不遇な時期を過ごしていた。敬虔なクリスチャンだったため共産主義政権の覚え目出度い人物ではなかった。プラハより政治的に寛容なブルノの音楽院に進んだのもそれが理由だった。西側で知名度が低かったのは、西側向けの看板音楽家を政権が決めていたことと、マエストロがチェコ語とドイツ語しか話せなかったことによる。ただし、国内や東側では演奏旅行を行うなど評価は高かった。共産主義政権時代は、宗教曲の公演などに関して思想的制約はあったものの、音楽家の生活は保障されており、公演の頻度も高かったという。そして指揮者が一つのオケと深く長く付き合うのが普通のことだった。1989年のビロード革命により民主化が実現すると、チェコ音楽界にも資本主義の波が押し寄せ、環境は一変した。マエストロも含めチェコ人指揮者の多くは失職し、その後釜に西側の指揮者が座った。

マエストロは、その後、プラハアカデミーの指揮科で教鞭をとり、フルシャやネトピルなど次世代の育成に努めた。そして既に70歳を過ぎ、スター指揮者でなければ実質引退の齢に縁あって日本に来た。私はたまたまその縁と近い所にいたため、素人愛好家ながらマエストロと親交を結ぶことができた。

マエストロが日本に来て驚いたのは、演奏家のモラルの高さと熱意、聴衆の熱心さだったようだ。本国では「時間通りに練習にきて、よく予習をしてくれること」すら満たされない現場も数多く踏んできた。チェコのオーケストラ関係者にマエストロの評判を聞くと「毀誉褒貶」という。音楽的に高く評価されている一方で、お仕事として割り切って生活している楽員は昔ながらの綿密な練習に閉口するらしい。また、チェコでは演奏会の模様がメディアに活発にとりあげられたり、聴衆の反応がホール以外で現れたりすることはあまりないようだ。日本人がチェコ音楽に深い関心と理解を示していることも驚きだった。

マエストロはこれまで培った芸を残すため録音を切望していた。札響との1枚目のCDが出た時には感激して「神様がお許し下さるならば、ドヴォジャークの後期の交響曲の録音を完成させたい」としみじみ語っていたという。

神様は慈悲深い。「遅れてきた巨匠」は、いまや日本中のオケに客演し成功を収めている。特に2009年のN響定期に客演し、その模様がテレビ放映された時に名声は全国に知られ評価が固まったと思う。11月には12枚目のCD(※12枚のうち11枚が札響との録音)が発売された。これで後期交響曲や交響詩集等、ドヴォジャークの主要作品、スメタナの『我が祖国』、ヤナーチェクの『シンフォニエッタ』『タラス・ブーリバ』、それに知る人ぞ知る傑作、ヴォジーシェクの交響曲(!)と、チェコ音楽定番の名曲をほぼ録音し終えて、現在、チャイコフスキーとブラームスの交響曲の録音が進んでいる。

これらの録音は、この10年間の札響の成長記録としても貴重なものだ。この成長は、エリシュカに限らず魅力的な指揮者を迎え、質の高い演奏を重ねてきたことによる。もともと名手が多いオケではあるが、明らかに音量が増し、響きが豊かになり、アンサンブルの精度が上がったことにより表現の幅が広くなった。初期の録音も遜色あるものではないが、近頃の録音は特に素晴らしい。

エリシュカCD2016


今回のCDに収められたドヴォジャークの弦楽セレナードを聴くと、エリシュカ&札響コンビの歩みを思いしみじみしてしまう。このボヘミアの歌心が染み渡ったような弦楽アンサンブルの素晴らしさ。感傷に流れず、暖かく繊細な共感に満ちている。この時の公演の後、マエストロを訪れると飛び掛かるように私の手を握って、「この弦楽セレナードは、本当に本当に難しい曲なんだよ!」とおっしゃっていたのを思い出す。

私が一つだけ残念に思うのは、マエストロの日本での活躍が本国チェコも含め海外ではまだ十分知られていないことだ。紹介のため海外の知人にCDを贈り、大変好評を得ているのだが。マエストロのドヴォジャーク解釈は、ターリヒ、ノイマンやクーベリックに続く世界標準になりうるものだと思う。

昨年、チェコの作曲家スデニェク・シェスターク博士にCDを贈ったところ、こんな返信をいただいた。チェコ人から見てもエリシュカ&札響の達成は驚きのようだ。

「私はこのCDを数名の友人に聴かせて、誰が指揮し、どこのオケが演奏しているか当ててもらいました。皆、例外なく著名なオケだと思いました。そして私がこれはエリシュカ氏と札響による演奏だと明かすと皆がどんなに驚いたことか!」

マエストロは現在85歳。仲の良い奥様とともに益々元気いっぱいである。聴衆から愛され、オケの楽員から尊敬を集め、自らの芸に打ち込んでいる。我が街、札幌との不思議な縁を思うと感慨深いものがある。

エリシュカ&札響による渾身の「悲愴」

毎年恒例、春のエリシュカ祭り。マエストロは、4月6日で83歳になった。エリシュカが誕生日を札幌で祝うのは今年で7回目である。

私は例年通り2日とも聴いてきた。

札幌交響楽団第568回定期演奏会

2014年4月11日(金) 19:00~
2014年4月12日(土) 14:00~

会場:札幌コンサートホールKitara

指揮 ラドミル・エリシュカ(首席客演指揮者)

曲目:
ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」
ヴォジーシェク:交響曲 ニ長調 Op.24
チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調「悲愴」

まず、1ステのベルリオーズから、オケが惚れ惚れするくらい良く鳴っていて、華やかで活きがよい。アンサンブルがクールに引き締まっている。その音楽の推進力は、やはり勢いに任せたものでなく、期待通りの快演だった。

ボヘミアの作曲家、ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェク(Jan Václav Voříšek, 1791- 1825)の交響曲は、チェコではよく知られており、録音も幾つかあるが、国外で演奏されることは極めて稀である。我が国では、以前、N響がサヴァリッシュの指揮で演奏し、アマオケも何度か取り上げているという。

ヴォジーシェクは、1791年(モーツァルトの没年、ツェルニーの生年)にボヘミア東部のヴァンベルクで教師の息子として生まれ、プラハでトマーシェク、ウィーンでフンメルに師事した後、ウィーンで活躍し、宮廷第2のオルガニストとして活躍し、音楽サロンに参加して交友範囲を広げたという。特にベートーヴェン(1770-1827)を敬愛し、シューベルト(1797-1828)とも親交があったが、肺結核のため34歳で没している。古典派の時代には、数多の交響曲が書かれ、今ではハイドン、モーツアルト、ベートーヴェン以外の作品はほとんど埋もれてしまったが、この作品はもっと聴かれてもよい佳曲だろう。

めったに演奏されない曲だけに、1日目はまだこなれない部分が残っていたが、2日目の完成度は十分だった。やはり、オケが良く鳴っていて、弦、管、打のコンビネーションがとても良く、ロマン派に片足を入れつつある後期古典派の表現性が光っていた。ベートーヴェンを思わせる第3楽章のスケルツォでは、弦楽群の凛とした雄弁、木管の空気感、それにティンパニが気持ちよく鳴っていたのが印象的だった。

だが、なんといっても白眉は、「悲愴」だろう。エリシュカは、チャイコフスキーを得意としていて、チェコスロヴァキア時代にカルロヴィヴァリ響を指揮していた頃、海外公演でしばしば第5、第6交響曲を演奏して絶賛を博したという。エリシュカが、日本でチャイコフスキーの交響曲を演奏したのは、2008年4月に東京オペラの森音楽祭で都響と第5番を演奏して以来で、これが事実上の東京デビューだった。エリシュカが「悲愴」を日本の聴衆に披露するのはこれが初めてだ。

エリシュカは、カリスマ的な個性派というよりは職人的な音楽家で、彼の音楽に付き合っていると、どのような音楽になるか何となく予想できるように思えるのだが、実演に接すると意外性に驚き、納得させられることが多い。毎度、プラハ音楽院の教授からこの作品は本来こうなのだよと教わっているように思う。前回の札響定期のブラームスの交響曲第3番もそうだったが、はたして今回も驚嘆すべき演奏だった。

チャイコフスキーというと、非常にロマンティックで情緒的なイメージで、特に『悲愴』は題名のとおりロシアの憂愁に満ちた交響曲という印象をもっていた。しかし、エリシュカの『悲愴』は、もっと硬派なパッションとラメントの音楽だった。

第1楽章は、序奏部の第1主題のフレーズは、厳しいリズムで絞られている。芯の確かな弦の刻みはレガート気味にならない。このため、この執拗な反復はさざめくような甘さよりもザラリとした感触があり、ミニマル音楽のような幻惑性を帯びる。視覚的にも聴覚的にもオーケストレーションが明快に見える演奏だ。そして現れる第2主題は、ちょっと拍子抜けする位に甘さひかえめだが、その抑制がむしろ真摯な強さを与えていた。そして、その後の展開部は怒涛のようで、アンサンブルの集中力にとにかく圧倒された。

優雅な第2楽章も、やはり甘さはひかえめで上品だが、きっちりとしたワルツは実に薫り高い。エリシュカの意を汲み、この抑えた旋律のニュアンスを表すのが、札響はとても巧い。長年の付き合いはダテじゃない。この味は、なかなか他のオケでは出ないのではないか。

そして迫力の第3楽章は、リズムが強靭でオケが存分に鳴っている。この楽章も、ややもすると単調な繰り返しのようになりがちかもしれないが、全体の構成設計が巧みで、随所で面白い効果をあげていた。

第4楽章も、やはり情緒的な悲嘆に流れるよりも、もっと直截的なパッションを感じた。多くの演奏がそうであるように、弦楽をたっぷり膨らまして歌わせることはあえてしないが、決してオケが鳴っていないわけではない。リズムの鋭さや、音色が冴え、その質感が強い響きを生んでおり、引き絞るように歌う。時折、意外な音色が浮き立ち、奇妙な効果を与える。ヤナーチェクの管弦楽でも響きは厚くならず、弦や管の尖がった音色にハッとするような表現性が感じられるが、この「悲愴」もそういう箇所がいくつもあり驚かされた。例えば、最後に静かに終結するときコントラバスの音がグロテスクに残るところなど。以上、全体に筋が通った、あくまで辛口の解釈だった。

1日目の演奏は、異様な位のテンションで、解釈の意外性もあり衝撃を受けたが、2日目は、もう少し平静に聴くことができ、オケの響きも1日目より硬さがとれていたと思う。

正直、「悲愴」はこれまで好んで聴く曲ではなかったが、根本から聴き方を改めさせられた。これは渾身の名演だったと思う。指揮者とオケに気押されたのか、聴衆のマナーも随分良かった。

エリシュカというのは、髪を振り乱して主情的な解釈をするタイプの音楽家ではないのだが、オケを鍛え上げアンサンブルを突き詰めたところで、意外なほどの表現性を発揮する。それに見事に応える札響も立派である。本当に札響もここまで来たかと、定点観測してきた地元ファンとして感慨深かかった。

今回の公演は録音が入っていたのでCDになるだろう。

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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

エリシュカ&東京佼成ウインドオーケストラによる「新世界の新世界」

昨年4月にラドミル・エリシュカが客演した東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)の定期演奏会は大きな反響を呼んだが、このたびそのライヴ録音がCD化された。

東京佼成ウインドオーケストラ ラドミル・エリシュカ「新世界の新世界」
エリシュカ&TKWO

ラドミル・エリシュカ指揮 東京佼成ウインドオーケストラ

(曲目)
 ドヴォジャーク:序曲 ≪謝肉祭≫ 作品92,B.169 (スルカ編曲/ヴラフネク校訂)
 ヤナーチェク:シンフォニエッタ ヤナーチェク作曲(上埜孝編曲)
 ドヴォジャーク:交響曲第9番《新世界より》(スルカ編曲/ヴラフネク校訂)
 (第115回定期演奏会 2013年4月27日 東京芸術劇場にて)


チェコはよく「弦の国」といわれるが、金管奏者のレベルも伝統的に高く、特に優秀なホルン奏者を数多く輩出している。このため吹奏楽も優れており、特に大統領府が置かれているプラハ城の警護隊付き音楽隊である、プラハ城警護隊音楽隊(Hudba Hradní Stráže a Policie ČR)は世界的にも有名である。今回のドヴォジャーク作品の吹奏楽編曲は、このプラハ城警護隊音楽隊が門外不出のスコアを提供しており、エリシュカが教鞭をとっていたプラハ音楽院の教え子で、現在、この楽団の常任指揮者兼音楽監督を務めるヴァーツラフ・ヴラフネク大佐が、これを校訂している。このヴラフネク大佐がTKWO指揮したチェコ作品アルバム「フェスティーヴォ」が2013年度のレコードアカデミー賞を受賞したことは記憶に新しい。

しかし、TKWOのように公演活動をメインにするプロの吹奏楽オーケストラというのは、チェコでも類を見ないらしい。エリシュカが吹奏楽アンサンブルを指揮する機会はこれまでほとんどなかったようだが、ブルノ・ヤナーチェク音楽院を卒業したばかりの駆け出しの頃は、徴兵先の軍楽隊を指揮したこともあったそうだ。この軍楽隊はチェコフィル奏者が参加するかなり高水準な楽団だったという。このTKWO定期への客演は、一期一会の貴重な機会であり、80歳を越えたエリシュカにとってもチャレンジであった。

この演奏を聴いてなにより思ったのは、音楽の正統的な味わいだ。吹奏楽に限らず編曲モノというとアレンジの面白さを楽しむ意識が先行しがちだが、演奏といい編曲といい、イロモノ的な違和感がなく実に格調高い。まるで作曲者自ら書き下ろした曲ように聴こえる。このCDに収録された演目は、エリシュカの十八番と言えるもので、しばしば演奏され、既に札響との録音もある※。それらと比較して聴くと、エリシュカの音楽作りのツボがわかって色々面白い。

まず、ドヴォジャークの序曲『謝肉祭』から惹き込まれる。全体的な解釈としては原曲と同様だが、通常のオケと吹奏楽では呼吸が若干違う。これは音色に加え、管の場合、発声までの立ち上がり時間が、弦よりも遅延することによるのだろう。エリシュカは、各楽器を十分に響かせつつ各声部を積み上げ音楽を構成する名人である。ここでも、水は違えど名人芸が発揮されている。管を無理なく響かせながら、タメを利かせて弾けさせる呼吸が心地よく、まるでフチークのマーチのように響くところがある。曲想のコントラストがとてもいい。

ヤナーチェクのシンフォニエッタもユニークで、上埜孝による編曲は原曲の味わいを活かしつつ、吹奏楽の魅力を加味したものだ。原曲にこだわりあるヤナーチェキアンの耳にも馴染むのは、この作品自体が元々軍楽隊の響きから着想されたからかもしれない。吹奏楽編曲により音響的モザイクが聴き取りやすくなって味わいを増したところすらある。

ヤナーチェクのリズムは鋭く、前のめりで、この曲には荒っぽい勢いを重視した解釈も多いが、エリシュカはオケの場合と同様に、落ち着いたテンポで着実にヤナーチェク独特の音響を際立たせていく。これは全般的に言えるのだが、エリシュカの指揮では強奏部分でも、音色が飽和してひしゃげてしまうことがない。鋭いコントラストはアンサンブル全体のバランスにより実現される。その美点が、強奏で濁りやすい吹奏楽アンサンブルで、より顕著に表れ、響きに奥行を与えている。

そして、新世界交響曲は、やはり第二楽章が白眉である。吹奏楽アンサンブルの柔らかな響きの魅力が十全に発揮された演奏といえるのではないだろうか。管の呼吸が弦とはまた違った余韻と拡がりを与えて感興を深めており、コラールのような宗教性すら感じる。

それにしても、これがライヴ録音であることには驚嘆せざるえない。世界トップクラスと言われるTKWOの巧さには舌を巻くばかりだ。もっとこのコンビで聴いてみたいといったら贅沢だろうか。「新世界の新世界」と銘打たれたCDだが、確かに「新世界」のCDは数多あれど、このような一枚は類を見ないだろう。

※ドヴォジャークの序曲『謝肉祭』だけはCDがないが、以前、札響との演奏がレコード芸術の付録CDに収録されていた。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

エリシュカ&札響のオール・ドヴォジャーク・プロ2013を聴く

エリシュカが誕生日を札幌で祝うのは今年で6度目である。4月6日で82歳になった。マエストロが2008年に札響の首席客演指揮者に就任して以来、ライヴ録音とともに着実に積み重ねてきたドヴォジャークの交響曲チクルスもいよいよ大詰めの8番となる。マエストロは4番以前を習作的な作品と見做しているので、このチクルスはひとまず区切りを迎えるだろう。

私は、今年も両日聴いてきた。


札幌交響楽団 第558回 定期演奏会
~R.エリシュカ チェコ音楽シリーズvol.6~

2013年4月19日(金) 19:00~
2013年4月20日(土) 15:00~

会場:札幌コンサートホールKitara

指揮 ラドミル・エリシュカ(首席客演指揮者)

曲目:
ドヴォルジャーク
序曲「自然の王国で」
交響詩「水の精」 op.110
交響曲第8番ト長調op.88
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エリシュカの流儀は、今回もこれまでと特段変わらない。響きを引き締めて各声部を浮かびあがらせ、リズムを丹念に整えて、楽句間の連関を浮き彫りにする。聴くたびに、やはりそうかと腑に落ちつつ、本来そうだったのかと新鮮な刺激を受けることになる。しかし、6年間にも渡るチクルスの中で変わったこともある。

私はこれまでファンとして札響以外との公演も含めエリシュカを追いかけ、彼の様々な面を観てきた。

一つは、生真面目で妥協のないプロフェッショナルとしての顔。
エリシュカは、本番前にはホテルに籠って譜読みに没頭し、練習はみっちり微に入り細に入りやる。チェコ人だから、お国モノのドヴォジャークが得意で、お茶の子さいさいという訳では決してない。彼にとって本番は今も挑戦なのだ。それが若さの秘密でもあるのだろう。

一つは、チェコそして中欧の伝統を受け継ぐものとしての顔。
エリシュカは、ブルノでヤナーチェクの高弟、バカラの教えを受け、ターリヒなどの歴史的巨匠と接してきた。彼の振る音楽には、交響曲は無論、ちょっとした舞曲や行進曲などでも、古き中欧の薫りがする。こんな音楽家は今ではそう多くはあるまい。そして、過去の遺産を受け継ぐものとして後進の指導にも力を入れてきた。フルーシャ、ネトピル等、現在頭角を現しているチェコの気鋭たちも、皆、彼の教え子だ。

一つは、鋭敏な感覚のモダニストとしての顔。
エリシュカは卓越した譜読み力によりチェコの現代作曲家から絶大な信頼を受けていて、現代作品の初演を多く手がけている。また、現代曲ばかりでなく聴き慣れた作品に現代的な印象を受けることもある。当人は特別な解釈を志向している訳ではないのだが、しばしば、新鮮な表現性に驚かされるのだ。

そして今回強く感じたのは、慈愛に満ちた信仰者としての顔である。

繊細な問題だけにマエストロに宗教について詳しく尋ねたことはない。チェコはヨーロッパでも無神論者が多い国だが教会が彼のキャリアの出発点になっただけあって、確かに信仰心をもっているようだ。共産主義時代には当局から信仰について非難されたとも伺った。しかし、彼は「神よ、神よ」と言うような人ではない。また宗教的な雰囲気を意図的に演出するような音楽家でもない。しかし、ここ最近の札響との演奏は、世俗を超えた崇高さや慈愛が色濃く滲むようになった。

宗教的な響きといえば札響定期で数年前に聴いたハンス=マルティン・シュナイトをふと思い出した。あのとき、オケの響きは教会で響く聖歌のように声楽的にブレンドされ独特な色合いになっていた。シュナイトが教会音楽を得意とする敬虔なルター派信者だったということもあるのだろう。しかし、面白いことに、シュナイトは、リハーサルで口汚く団員を罵倒しまくる暴君だったそうだ。確かに、あのときは響きは美しかったが、オケはあまり鳴っていなかった。オケの個性を磨り潰して自分のイメージする響きに造形するタイプなのだろう。

一方、エリシュカのアプローチは、声楽的というよりも徹底して器楽的だ。晩年のバーンスタインのように過剰なまでに思い入れを込めて粘るように歌わせるという訳でもない。ゲルハルト・ボッセがそうだったように、老いを特に意識させることなく、基本的に溌剌としたテンポを保っている。しかし、近年は以前よりふくよかで悠然とした響きになり、ヒューマンな味わいが濃くなっているように思われる。

この理由として考えられるのが、マエストロの芸の円熟は無論、札響との関係の深まりだ。オケはマエストロの意図を汲み、迷いや躊躇いがなく思い切って音を出しているのが分かる。端的に言って音量が増し、表現の幅が広くなった。マエストロの棒も細かく指示するよりもオケを信頼して任せる余裕がでてきたように思える。オケと指揮者の間には単に気心が知れているという以上に共有するものがある。それは、他のオケとの共演では感じられないものだ。そして、演奏者の間で交わされる信頼感や共感が、作品が本来もつ温かみを増幅させているようだ。エリシュカ自身も、チェコスロヴァキア時代はカルロヴィヴァリに留まり一つのオケとじっくり付き合ってきたので、そういう関係の方が力を発揮しやすいのではないだろうか。

そうした味わいは、これまでもシンフォニエッタやスターバト・マーテル、第九や「新世界」で聴かれたが、今回は特に8番、第2・3楽章で顕著に感じられた。

第2楽章は、田園的な詩情と、音響の立体感・構成感がバランスした格調の高い音楽である。不朽の名盤として名高いセル&クリーブランド響の録音でこの楽章を聴くと、独墺音楽的な性格を主にするリリシズムが感じられる。今回、エリシュカは、セルのように辛口でありながらもオケの響きを丸くまとめ、旋律を柔らかく膨らまして声楽的な感触をも引き出す。そして、小鳥の囀りのような管の瑞々しい呼応が美しいこと。このバランスが絶妙だ。

そして、美しい3楽章は名人芸の極致といえるものだった。ややもすると通俗に堕するおそれがある憂愁の旋律がなんと上品で自然なことか。慎ましやかでしみじみと噛みしめるような佇まいにドヴォジャークへの深い共感が感じられた。

そして、終楽章、首席トランペット奏者の福田善亮によりファンファーレがホールに大きな弧を描いて放たれると、音楽は祝祭的な歓喜を帯び、チクルスのフィナーレとして特別な感慨を抱かずにはいられなかった。

交響詩『水の精』も大変面白い演奏だった。ドヴォジャークの交響詩はヤナーチェクに大きな影響を与えているが、この『水の精』は、4曲の中でも特にヤナーチェクらしいオーケストレーションの作品のように思う。演奏もヤナーチェクっぽく、細かな音型の繰り返しを透けるように浮き立たせて、物語を雄弁に聞かせるような演奏だった。これは手持ちのどの録音とも違うタイプの語り口だ。なにより木管が音色豊かに個性的に歌っていたのが効果的だった。札響の木管はベテランの名手に加え、優秀な若い奏者の伸長も目覚ましく(フルートの高橋聖純、昨年国際コンクールで受賞されたオーボエの金子亜未に注目)、今後が益々楽しみだ。

こうして聴いてみると、ドヴォジャークの音楽には、親しみやすい歌謡性や民俗性ばかりでなく、深い宗教性が含まれていることが分かる。それはドイツの巨匠のような観念的なものではなく、日本人がお天道様を敬うように、崇高さを畏れる素朴な感覚によるもののように思われる。それは、ドヴォジャークの音楽が我々の心に強く訴える理由の一つでもあるのだろう。そして、その宗教性はエリシュカの人間性とも呼応し、音楽的な味わいになっているのだろう。ドヴォジャークの、そしてエリシュカの生真面目さは、プロ意識とともに多分に宗教的な信条に基づいているように思われる。

マエストロは、このチクルスを始めるにあたり「もし神様がお許し下さるのなら、ドヴォジャークの5番から9番までを札響と録音して残したい」と述べていたそうである。共産圏時代、国外に出られる指揮者はノイマン等、ごく少数に限られており、マエストロは国内の名声に比して録音の機会に恵まれなかった(ただし、現代曲の録音はあった。現在、それらは全て廃盤になっている。)。そして、1989年のビロード革命後にチェコ音楽界を席巻したグローバリズムの中、不遇だったマエストロにとり、老境を迎え、これまで培った芸を録音として残すことは悲願だった。それが札幌で成就した意味はきわめて大きい。

10月の定期では、首席チェロ奏者、石川祐支をソリストに迎えてチェロ協奏曲が演奏される。今から、とても楽しみだ。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

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