スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

歌劇『イェヌーファ』対訳解説書 増補改訂版刊行

先月末、ヤナーチェクのオペラ『イェヌーファ』の対訳解説書 増補改訂版を刊行しました。

日本ヤナーチェク友の会編
ヤナーチェク 歌劇『イェヌーファ』 対訳と解説  増補改訂版

jenufa増補改訂


本書は、当会サイトの注文フォームによりネット販売している他、以下の店頭でも取り扱っています。

古賀書店(東京 神保町)
http://jimbou.info/town/ab/ab0059.html

アカデミアミュージック(東京 本郷)
https://www.academia-music.com/

新国立劇場 売店(東京 初台)
http://www.nntt.jac.go.jp/

なお、限定出版のため一般の書店やAmazonでは販売していません。


昨年5月に『シャールカ・物語の始まり』対訳解説書を刊行し、これでヤナーチェクの全声楽作品の対訳解説書が揃ったと安心した矢先、『イェヌーファ』対訳解説書が売り切れてしまいました。『イェヌーファ』はヤナーチェクのオペラ作品の中でも最も基本的な演目であるため、この作品については常備しておくべきと判断し、今回、増補改訂版を3000部刊行しました。折しも今年2月から新国立劇場にてクリストフ・ロイ演出により本作品が5公演予定されており、復刊の要望が強まっていたところです。

ご好評いただいていた既刊(改訂新版2001年)は当会の対訳解説シリーズの中でも初期のもので、若干の改善点が残っていたため、今回、当会顧問のチェコ文化研究家、関根日出男先生の監修により全面的に内容をチェックするとともに、新たに解説を2本、付録を2本加え、譜例や図表も充実させました。これにより、この傑作を楽しむ上で長く活用できる内容になったと自負しています。

86歳になられた関根先生は昨年5月に赤坂で半世紀にわたり開業されていた耳鼻科医院を閉じ、自宅で悠々自適の生活を過ごしておられます。今も変わらずお元気で、今回は驚くほど精力的に改訂作業に取り組んで下さいました。改めて感謝いたします。
スポンサーサイト

歌劇『 シャールカ』『物語の始まり』対訳解説書刊行、当会の対訳作成プロジェクト完結

シャールカ

先月、ヤナーチェクの初期のオペラ2作『シャールカ』と『物語の始まり』の対訳解説書を刊行した。限定500部。これで当会が1998年以来続けてきたヤナーチェクの声楽・オペラ作品の対訳解説書の刊行プロジェクトは完結した。

これまで刊行してきた出版物は次の通りである。

歌劇 『イェヌーファ』 改訂新版 対訳と解説(品切れ、増刷準備中)
歌劇 『カーチャ・カバノヴァー』 対訳と解説
歌劇 『利口な女狐の物語』 対訳と解説
歌劇 『運命』 対訳と解説
歌劇 『死者の家から』 対訳と解説
歌劇 『マクロプロスの秘事』  対訳と解説
歌劇『 ブロウチェク氏の旅』 対訳と解説
歌劇『 シャールカ』『物語の始まり』 対訳と解説
レオシュ・ヤナーチェク 声楽曲 対訳全集
レオシュ・ヤナーチェク年譜(品切れ)

対訳書

17年間で10冊である。当会会員の赤瀬善太郎氏による統一的な装丁を並べてみると壮観だ。
以上の出版物は、ネットで販売している。次の注文フォームから御注文いただきたい。

日本ヤナーチェク友の会 注文フォーム

***

当会のオペラ対訳書については、『 ブロウチェク氏の旅』 を刊行した2009年に書いた。今も言いたいことはほとんど変わらない。なにより当会顧問の関根日出男先生がお元気なうちにその仕事を一通り纏められて安心した。

当会のオペラ対訳解説書について (2009/12/24)
http://pilsner.blog100.fc2.com/blog-entry-87.html

ヤナーチェクは、取り繕うこと、決まった型に従うことが大嫌いだった。記譜すら、印刷された五線に書くことを嫌って手書きにし、調性記号を記すより音符ごとに変化記号を付けることを好んだ程だ。そのせいか彼の文章は、音楽同様に個性的で飛躍が多く、決して読者に親切とはいえない。当初、私もヤナーチェクの文章には素人臭い粗雑さがあると感じていた。しかし、この編集作業を進めていくうち、ヤナーチェクは音楽同様、文筆でも天才なのだと気付かされた。でなければ『利口な女狐の物語』(チェスノフリーデクによる同名の新聞小説)や『死者の家から』(原作はドストエフスキーの「死の家の記録」)をあれほど見事にオペラ化できなかったろう。驚くべき題材の選択、天才的な編集の手腕、原作の持ち味や印象的な台詞は生かされ、独創的なシーンが補われている(例えば『女狐』3幕のラスト等)。

問題は、辻褄を合せるためにくどくど説明しようなどという気が全くないことだ。ヤナーチェクは、聴き手を作曲当時のチェコ人と想定し、言うまでもないことは省略し、継ぎ目や余白を放置することも厭わず、彼の信じる強烈な真実を露わにするよう独特な台本を作成した。

こうした文章の翻訳は、並大抵のことではできない。
関根先生の翻訳が素晴らしいのは、語学的な正確さだけではなく、チェコの文化・歴史に対する深く幅広い理解に基づき、原作から楽譜に至るまで徹底的に読み込んでいることだ。その上で、分かりにくい言葉や慣用句に丁寧な注釈を付け、意味を補完し、繰り返しの多い台詞を適宜整理して、実用的な対訳にしている。これだけの内容の訳は世界的にも稀だろう。


『シャールカ』と『物語の始まり』はヤナーチェクの初期の作品で、一般に上演される機会はほとんどないだろう。前者についてはマッケラスによるスプラフォン盤が入手可能だが、後者はイーレクによる録音があるものの既に廃盤で今後再発の見込みも薄いと思われる。ほとんど耳にする機会がないオペラの対訳解説書を刊行するというのも随分奇特なことであるが、この二作はヤナーチェクの初期の創作の要であり、資料的な価値は十分にあると自負している。今回の内容は次の通りである。
目次

シャールカ1

シャールカ2


本書の刊行にあたっては、関根日出男先生を始め多くの方々のお世話になった。今期から札幌交響楽団名誉指揮者に就任したマエストロ、ラドミル・エリシュカ氏からは、『物語の始まり』のピアノ版の声楽譜をご提供いただいた。この声楽譜のピアノ編曲はマエストロ自身による。また、浦井康男先生が翻訳されたアロイス・イラーセクの名著『チェコの伝説と歴史』は大いに参考にさせていただいた。関係された方々には改めてお礼を申し上げたい。

2012年度会報(第14号)を発行しました

例年より半年以上遅れての発行になってしましましたが、2012年度(第14号)を発行しました。全64ページ。おかげさまで、今号も充実した原稿が揃いました。『カフカと“民族”音楽 』の池田あいの様からも寄稿いただきました。謹んで御礼申し上げます。

ヤナーチェクのカリカチュアは何点か残されていますが、会報も14号になるとネタ切れで表紙のカットに困りました。これはマックス・ブロートによるヤナーチェクに関する回想録(1954) から取ったエングレイヴィングです。今号はブロートに関する記事が多いので、ちょうど良かったです。


草かげの小径
日本ヤナーチェク友の会 会報第14号  2013年3月31日発行


目 次
【人と作品】
 バレエ『ラーコシ・ラーコツィ Rákoš Rákoczy』 関根日出男
 ヤナーチェクと民謡収集家サリホヴァー 関根日出男
 マックス・ブロートにとっての民族的作曲家、ヤナーチェク 池田あいの
 ブロートによるヤナーチェクの追悼文 マックス・ブロート 
 ヤナーチェクの故郷、フクワルディの歴史を探って
 ヤナーチェクの重層的なヴィジョン   
 エーリヒ・クライバーとヤナーチェク

【演奏ついて】
  音楽と楽譜のはざまで―ヤナーチェクと即興の精神 内藤晃
 ヤナーチェク・オペラの新譜から
 私のヤナーチェク演奏記録

【その他】
 ヤナーチェク門下の作曲家、ヴァーツラフ・カプラールについて 
 2013年3月のチェコの演奏会
 2013年9月から2014年7月までのヤナーチェク・オペラ上演予定  


【お知らせ】
 日本ヤナーチェク友の会の概要
 2011年度の活動について

kaiho201311

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

ヤナーチェク門下の作曲家、ヴァーツラフ・カプラールについて

kapral

ヴァーツラフ・カプラール(Václav Kaprál,1889-1947)は、作曲をレオシュ・ヤナーチェク(ブルノ、1907-1910)とヴィチェスラフ・ノヴァーク(プラハ、1919-1920)に師事し、マリエ・クフロヴァ(ブルノ、1903-1907)、アドルフ・ミクス(プラハ、1919-1920)、クララ・シャフェロヴァ(ブルノ、1920-1922)、そしてアルフレッド・コルトー(パリ、1923、1924)の下でピアノの研鑽を積んだ。 1911年に私立の音楽学校を設立し、長年にわたりピアノ教師として活躍した。

1913年には声楽家のヴィーチェスラヴァ・ウフリローヴァ(1890-1973)と結婚し、1915年に一人娘、ヴィーチェスラヴァ・カプラローヴァが生まれた。1921年に結婚生活は破綻し、2年後、夫婦は法的に離婚したが、共に才能ある愛娘の世話を続けた。

1922年から1930年の間、カプラールは、友人であり、後にブルノ音楽院の同僚となるルードヴィク・クンデラ(「存在の耐えられない軽さ」で知られる作家、ミラン・クンデラの父)と組み、ピアニストとしてコンサート活動に注力した。二人は1922年1月にブルノのモラヴィア作曲協会の設立に尽力し、1919年から1928年の間、カプラールは聖歌隊指揮者、講師、音楽編集者、理論家や評論家としても活躍した。彼は、「平等」Rovnost(1920-1922)、「地方」Venkov(1922-1924)、および「音楽展望」Hudebni rozhledy(1924-1928)のための多数のレビューや記事を書いていた。さらに、彼は、グラシアン・チェルヌシャークが編集した音楽辞典にいくつかの項目を書き、音楽学者ウラデミール・ヘルフェルトによるボヘミア古典音楽シリーズのためベンダ、ヴォジーシェク作品の巻を担当した。 

1927年、カプラールはブルノのマサリク大学の講師に就任した。 1935年、彼はブルノ音楽院で作曲科教授に就任し、チェコ芸術科学アカデミーのメンバーとなった。翌年、彼は国際現代音楽協会のチェコ支部の副会長に選出された。

1942年秋、カプラールはゲシュタポに逮捕され、1945年の春まで、収容所スヴァトボリッツェ(キエフ近郊)に投獄されていた。1946年、彼はチェコスロバキア作曲家連盟の初代会長に選出されたが、既に健康状態が悪化しており、翌年、癌で死亡した。

カプラールは、新ロマン主義の最後の世代で、その作風は印象主義、表現主義、即物主義、微分音楽からジャズなど様々な要素の影響を受けている。彼の作品は、暗い運命を暗示するものが多いが、その中でも注目すべきはピアノのための小品「予感」であろう。1940年7月のある日、彼は突如、言いようもない憂鬱な気分に襲われ、不吉な予感に駆り立てられた。彼は耐えがたい衝動に従ってピアノに向かい、不吉な出来事を予感させる音楽を一気に書きとめた。一ヶ月後、BBCの戦時放送を聴き、彼はその小品を作曲した丁度その時に、愛娘のヴィーチェスラヴァがフランスで亡くなったことを知ったのだった。

ちなみに、ヤナーチェクの教育は若い弟子達に刺激を与えたが、天才の閃きに頼った講義内容はしばしば学生を混乱させたようで、彼らは卒業後、より理論的な教育を求めて他の教師に師事した(クヴァピルはライプツィヒのレーガーの下に、カプラール、クンツ、ペトルジェルカ、チェルニークはプラハのノヴァークの下に行った)。カプラールは、グラゴール・ミサの初演(1927年12月5日、ブルノ)について「音楽展望」(1928年2月)に批評を書き、ヤナーチェクの怒りを買っている。「私は言いたい。若輩者よ、私は断じて年寄りではなく、信心深くもない。私が認めない限り、そんな言われ方は御免こうむる。」と。

カプラールの娘、ヴィーチェスラヴァ・カプラローヴァ (1915-1940)は、9歳から作曲の才を現し、14歳でブルノ音楽院に入学して作曲と指揮を学んだ。22歳の時にプラハでマルチヌーと出合って親密な関係になり、彼の勧めに従ってパリに留学した。そこでシャルル・ミュンシュのレッスンを受けるとともに、その後、ノヴァークやターリヒにも師事した。彼女の『軍隊シンフォニエッタ』は、1938年にロンドンで開催された第14回ISCM国際現代音楽協会のフェスティヴァルのオープニングに選ばれ(審査委員にはアンセルメ、ミヨーがおり、バルトーク、ブリテン、コープランド、ヒンデミット、クシェネク、メシアン、ウルマン等の作品も演奏された。)、その後、この作品はスメタナ賞を受賞した。1940年にはアルフォンス・ムハの息子であるイジー・ムハと結婚し、同年5月、ナチスがパリを占領すると、モンペリエルに疎開したが、6月に結核のため25年の生涯を閉じた。

*****

先日、カプラールの作品集のCDを聴いた。これは作品、演奏共に魅力的な一枚だった。2楽章の弦楽四重奏がパヴェル・ハースを、ピアノ作品がヤナーチェクを思わせるのが興味深かった。1939年ナチスのチェコ侵攻に抗議して書かれたというピアノソナタ第4番は当初「1939年3月15日」という題が付いていたといわれ、そういうところにもヤナーチェクの影響を感じる(ヤナーチェクには『1905年10月1日 街頭にて』というピアノ曲がある)。作曲家としては娘の方が有名だが、いずれも見過ごせないシリアスな佳品だった。カプラーロヴァーの葬送行進曲が、フランス的な要素と共に父の作風を受け継いだものであることも興味深かった。

カプラール作品集
1. ヴァーツラフ・カプラール :弦楽四重奏曲 ハ短調 (1925)
2. ヴァーツラフ・カプラール : ピアノソナタ 第3番 (1924)
3. ヴァーツラフ・カプラール : ピアノソナタ 第4番 (1939)
4. ヴァーツラフ・カプラール : 予感 (1940)
5. ヴァーツラフ・カプラール : 子守歌集 (1932)
6. ヴィーチェスラヴァ・カプラローヴァ : 葬送行進曲 Op.2

ヤナーチェクSQ [1]
アリツェ・ライノホヴァー (Pf) [2-4,6]
アンナ・バーロヴァー (Vo)
ペトル・アルトリヒテル (指揮) ブルノ・フィル

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

2011年度会報(第13号)を発行しました

例年より半年遅れの発行になってしましましたが、2011年度(第13号)を発行しました。全56ページ。会員の皆様にはブルノから特別に取り寄せた魅力的なCDが付きます。お楽しみに。

草かげの小径
日本ヤナーチェク友の会 会報第13号  2012年3月31日発行


目 次
【人と作品】
 ヤナーチェクを巡る二人の女性 関根 日出男

 ヤナーチェク「十字軍」としてのオットー・クレンペラー

【演奏ついて】
 ヤナーチェクとヴィオラ・ダモーレ
 ~メトロポリタン歌劇場での『マクロプロスの秘事』上演にあたって
 デイヴィッド・チェルッティ

 エリシュカ&N響のシンフォニエッタを聴く

 ルネサンスか? 或いは...

 ベルリン・コーミッシェ・オーパーの『利口な女狐の物語』

 2011年8月10日、「マクロプロスの秘事」ザルツブルク音楽祭初演

 『マクロプロスの秘事』のDVD版のこと

【その他】
 折口信夫とチェコスロヴァキア

「ぼくの『島こども唄』の原点はヤナーチェクとバルトークです」
 ~作曲家、林 光さんを偲ぶ

 2011年9月から2011年7月までのヤナーチェク・オペラ上演予定


【お知らせ】
 日本ヤナーチェク友の会の概要

 2010年度の活動について


会報13号

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

プロフィール

Pilsner

Author:Pilsner
発話旋律 "Speech Melody"
日本ヤナーチェク友の会公式サイト管理人Pilsnerのブログ
チェコ音楽を中心にした音楽雑記帳です。
The blog by the chief manager of Janáček Association Japan
http://twitter.com/#!/janacekjapan

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新記事
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

Visitors
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。